2022年3月28日月曜日

「初心」は忘れても仕方がないもの?

ある知人がゴルフを始めたいとのことで、コースデビューまでお付き合いしました。

ただ、私自身は初めて自分がコースでプレーした時のことを、実はほとんど覚えていません。

 

初めての人に、プレーする上でのマナーや進行のしかたなどは教える必要があるとわかりますが、それ以外に必要なことは、いろいろ質問されて初めて気づきました。

例えば、朝コースについてからフロントで受付するまでの段取り、着替える場所はあるのか、昼食はどうするのか、精算の仕方、帰りのゴルフバックの受け取りなど、自分では全然意識せずにやっていたことです。一度経験すればそれでわかりますが、初めてではわからないことです。

 

こういったことは、会社で新人クラスの人を指導する時も同じで、その内容にいろいろ歯抜けが生じてしまうことがあります。教える側が自分の新人時代のことをあまり覚えておらず、教えなければならないことに気づけません。教える相手によって知っていることと知らないことがまちまちで、教える必要があることにバラつきがある場合もあります。

 

よく上司や先輩が新人を連れて同行営業などをしますが、一通りの基本的なことを教えるには、実際にやっている現場を直接見せることは、理解度のバラつきを吸収できることを考えても、確かに理にかなった効率的な方法だと気づきます。

 

仕事の話からは離れますが、例えばお酒を飲む人は、それをいつから「おいしい」と思うようになったのか、私が聞いた中でははっきり答えられた人は一人もいませんでした。少しずつ慣れていったから明確にいつという線引きがしづらいことはあるでしょうし、そもそも明確なインパクトがあるようなことがなければ、初めての頃のことはなかなか覚えていられません。

 

「初心忘るべからず」といいますが、「初心」がその当時自分が置かれた環境や、そのころ持っていた知識やスキルということだとすると、これを忘れているのは仕方ありません。経験を積んでレベルアップ、ステップアップを目指していれば、「初心」からの距離はどんどん遠くなり、ある時それを振り返ってみても、もうその当時の気持ちには戻れません。環境、経験、立場、価値観、その他いろいろなものが違っているからです。自分の「初心」の頃のことを誰かに教えようとして、それを思い出そうとしてあらためて、忘れていることの多さに気づきます。

 

ここで必要なことは、次の世代に自分の経験をきちんと伝えることであり、やるべきことは「教える相手の“初心”」にしっかり寄り添うことです。何がわからないのかをよく聞き、できる範囲で自分のその頃を思い出し、どんなに初歩的なことでも、初めの一歩は手助けすることです。

 

自分の未熟さや新鮮な気持ちを忘れない、慣れて慢心しないといった心持ちは大切だと思うものの、「初心」を忘れてしまっていることは仕方がありません。それでも、今が「初心」の人に寄り添うことはできるはずです。

 

2022年3月21日月曜日

仕事の「スピード感」の話いろいろ

今のような変化が激しい仕事環境の中では、よく「スピードが大事」と言われます。

 

最近、知り合いの経営者数人との会話の中で、仕事をする際の「相性」という話になりました。ちょっと言葉を変えると「気が合う」とか「価値観が似ている」といったニュアンスです。

一緒に仕事をする上で、やはりお互いの「相性」の良さは大事であり、私自身も顧客や取引先との「相性」は気にします。「相性」が良ければ仕事の意思決定が速くでき、その後も物事が速くスムーズに運ぶからです。

一方で、そのスムーズさには問題もあります。視野が狭い状態で十分な検討がされていないまま物事が進んでいくかもしれないことです。「多様性」の欠如といえるかもしれません。

 

仕事のスピードについて「拙速」という言葉があり、「出来はよくないが仕事が早いこと」を言います。仕事が早いのは決して悪いことではありませんが、実際の使われ方としては、「議論や確認が中途半端、あいまいなままで、ただ結果や結論を急ぐこと」を言われ、「スピード」ばかり追いかけることに対するネガティブな表現で使われることが多いようです。

 

この「拙速」の反対語は「巧遅」といい、「出来は優れているが、仕上がりまでに時間がかかること」です。

故事に「拙速は巧遅にまさる」もしくは「巧遅は拙速にしかず」という言葉があるそうで、これは「仕事の出来が良くても遅いより、出来は悪くても速い方がよい」という意味です。「多少出来が悪くても、迅速に物事を進める方が良い」とのことなので、「スピード」を重視した方が良いと言っています。

 

これらはいずれも仕事や行動に対する「スピード感」にまつわる話ですが、とにかく速い方が良いと言ったり、速すぎるのは問題と言ったり、正反対な話を含めていろいろあります。

 

私が現場を見てきた中では、例えばスタートアップの会社は、とにかくスピード重視のところが多かったと思います。

そういう環境では、「気が合う」「価値観が似ている」「目標が同じ」など、関係者間の「相性」の良さが重要になりますが、決して仕事の質をあきらめている訳ではないので、限られた時間の中でできるだけの議論をしようとします。

結果としてメンバーたちがかなりの長時間労働に陥っている様子も見かけましたが、そういうことも含めての起業、スタートアップなのでしょう。

 

一方、ある大手金融機関の関係先でちょっとした仕事をしたときのことですが、何でも多くの時間をかけることが私にとっては結構な驚きでした。数枚の資料の確認や承認に1か月以上の時間がかかり、社内の関係先も多い様子でした。業種柄への信頼感や社会的責任の重さなどを強く意識しているせいか、とにかく間違いがあってはいけない、そのために確認を徹底することが優先されているようでした。

たぶん対象物によってメリハリはあるのでしょうが、とにかく慎重に時間をかける様子が印象的でした。

 

社会環境として「スピードが大事」という一般的な方向はありますが、最も良いのは「速くて質が高くて誤りがないこと」です。結局はその時に置かれた状況によって、誰もが速さと質のバランスを考えます。

 

ではどんなバランスが適正なのかといわれると、これを一概に言い切ることはできません。ただ、一つだけ言えるのは、このバランスを常に考えながら柔軟に対応することが必要だということです。

車の運転のように、目的地に向かうことは同じでも、途中の状況に応じてアクセルとブレーキを使い分けることですが、到着時間のことばかり言われれば、速度超過の危険な運転になるかもしれませんし、逆に一定速度でノロノロ走れば、渋滞の原因になって周囲に迷惑をかけるかもしれません。

ルートの選択には道路の広さや走りやすさ、交通量の問題などで、速いものから時間がかかるものまで、安全なものから危険なものまで、さまざまなものがあります。さらに昼間か夜間か、晴れか雨か雪かなどの天候によっても条件は変わります。

これらを決められた交通ルールのもとに、状況に応じて個別に判断していくことになります。「速さ」と「質(この場合は主に安全性)」のバランスですが、走っている途中で状況が変わることも当然あります。

 

最近目につくのは、「スピード重視」といって一部の人が独断で誤った結論に導くことや、反対に責任の回避したいのか、いつまでも結論を出さずに傍観する「スピード感の欠如」です。どちらも速さと質のバランスを欠いていることは間違いありません。

その仕事の適切な「スピード感」は、常に意識していなければなりません。

 

 

2022年3月14日月曜日

「高い業績を上げる人」が必ずしもマネージャーには向かないこと

たぶんよくある話ですが、つい最近もある会社で、高業績を評価されて昇格したマネージャーが、部下たちから総スカンの状況に陥って、組織が回らなくなっているという相談がありました。

「名選手、必ずしも名監督にあらず」とはずいぶん昔から言われていて、誰もが理解していることだと思いますが、同じような見込み違いは多くの会社で起こっています。会社の仕組みとして、やはり高業績の者は社内で高く評価され、それに伴って給料は上がり、そのままマネージャーほか管理職に抜擢されるという流れは、なかなか変えられないということでしょう。

また、多くの人の心のどこかで「業績を上げる能力があれば管理能力もあるだろう」と思っている節があり、中には両立できる人もいるため、「マネジメントに不向きなマネージャー」が相変わらず生み出されているように思います。

 

先日ある社長との雑談の中で、「功のあった人には禄を与え、能力のある人には位を与えよ」をいう言葉が話題になりました。明治維新の元勲である西郷隆盛の名言(※最後に注釈あり)です。

禄とは仕えている者に与える金品で、この言葉は「功績があった者には報酬で報いて、能力のある人間には地位を与えることが大切だ」との意味です。逆から見れば、「功績がない者に報酬を与えることや、能力がない者に地位を与えることは良くない」とも解釈できます。

 

「功績がない者に報酬を与える」というのは、例えば年功賃金などが当てはまりそうですが、最近はずいぶん少なくなっています。

一方、「能力がない者に地位を与える」というのは、実は案外多く見受けられます。ここでいう能力とは、あくまで「管理する能力」「マネジメント力」であり、例えば売上を上げる「営業能力」などとは違います。

例えば、高い営業能力を駆使して上げた高成績は、本来「禄(報酬)」を与えて対応するものですが、この営業能力と管理能力を混同して、「地位」も与えてしまうことで問題が起こります。要は「地位」を与えるうえで必要な能力は、業績を上げる能力とは異なるということです。

 

ある営業系の企業では、社員の要望でインセンティブ比率が非常に高い給与体系を導入しています。以前プロセス評価を含めた仕組みを導入したものの、社員からはすこぶる不評で、「売上、利益の数字で評価されるのが結局一番公平」という声の大きさから、今の体系になったそうです。

その結果、社長よりも給料が高い社員も出てきてしまい、それはそれで問題ではあるものの、そのままの報酬を維持しているそうです。ただ、この社員を役員に抜擢することがあるかというと、社長は「それは絶対にない」と断言しています。その理由は「営業力と経営能力は全く違うから」とのことでした。

 

まさに西郷隆盛の言葉を実践しているわけですが、こういう会社はそれほど多くありません。自分で成果を出す能力とチームで成果を出す能力とは違うことが分かっているのに、高業績で高評価だからと昇進させてしまい、その結果メンバーは力を発揮できずにチーム成果が上げられない、さらにメンバーとの間に軋轢を生むといった悪循環が起こっています。

 

「マネジメントに向かないマネージャー」が生まれる理由は、みんなが知っているのにそれがなかなか変えられません。見込み違いがあるのは仕方がないとして、能力がない者にそのまま地位を与え続けるのは大いに問題があります。西郷隆盛の言葉は、そのことの重要性に気づかせてくれます。

 

昔の人の名言には、気づきを得られて参考になるものが数多くあります。

 

※注釈 

お読みいただいた方から、引用した言葉について、正しくは「功ある者には禄を与えよ、徳ある者には地位を与えよ」で記事の主旨とは少々異なる意味であり、別に「功には禄を、能には職を」という家康の言葉があるとご指摘を頂きました。私を含めた当事者に言葉の誤認識や混同があったようで、申し訳ございません。

 現場のエピソードとしてはこの記事のままの話でしたので修正はしませんが、引用は正確ではない旨をお含み頂いたうえでお読みいただければ幸いです。 

 

 

2022年3月7日月曜日

「具体的な意見、要望」の裏側にあること

職場環境や組織風土の問題を把握し、改善しようという取り組みは多くの企業でごく一般的に行われています。

その方法は、社員の個別面談を通じてヒアリングしたり、提案制度や目安箱といった仕組みであったり、組織風土や従業員満足度といった調査なども使われることがあります。出てくる結果の中には、具体的な要望や意見、提案がいろいろ挙がります。

 

そこにはとても細かい話もあり、例えばゴミ箱を増やしてほしい、トイレの洗面に整理棚が欲しい、電気ポットが欲しい、電子レンジが欲しいなど、購入して設置すればそれで終わりそうなものがあります。

もう少し会社らしいところでは、半休など有給休暇の分割取得などの働く環境に関すること、講座受講や書籍購入ほか自己啓発に関する費用支援といったお金に関するものも出てくることがあります。半休はもともと付与している休暇の範囲内でのことですし、費用支援も金銭的にそこまで高額な話ではないので、やるという判断ができれば、わりとすんなり実施できることです。

 

難しいのは人間関係の話と、「給料が安い」「手当が少ない」に代表される直接的な処遇の話があります。人間関係は一概に善悪が言えるものではありませんし、処遇は言われたからといって簡単に変えられるものではありません。できることは対応するとしても、それ以外は「話を聞いておく」というペンディング、先送りになります。

 

社員の意見をいろいろな形で吸い上げるのは大事な取り組みですし、望ましいこととも思いますが、実施するにあたっては注意しなければならないことがあります。

 

一つは、「話を聞くからには、答えを示さなければならない」ということです。意見や要望を聞くからには、必ず何らかの反応をしなければなりません。聞くだけ聞いて何もしないというのは最悪で、社員は「言うだけ無駄」と判断して、その後の改善意見は出てこなくなります。

話を聞く仕組みはあっても、それに対処、実行する仕組みがない会社がたくさんありますが、それでは話を聞くだけ逆効果になります。

できる、できない、その理由くらいはコミュニケーションを取っておかないと、やがて誰も意見を言わなくなります。自分から質問や意見を求めたからには、それに対する回答は必須です。

 

二つ目は、「本質的な問題の多くは、水面下に隠れていて見えない」ということです。

例えば、「有給休暇がきちんと消化できるように」という話があったとして、単に消化率を上げれば問題が解決するかというと、そういうことではありません。こういう意見、要望が出てくる裏には、それにつながる様々な問題が隠れています。

業務量が多くて休めない、休む時の代替要員がいない、上司が休暇取得に嫌な顔をする、気軽に仕事をカバーし合える人間関係がない、その他様々な要素が絡み合っており、そういった問題は必ずしも表面には出てきません。見えている課題のパッチワークだけをしても、本当の意味での職場改善は進みません。

 

もし、要望や意見を求めても、何も出てこないような会社だったとしたら、それは問題がまったくないからではなく、言えない何かがあるからです。

見えている現象は氷山の一角であり、その裏側にある様々なことを考えて、原因追及をしなければなりません。それでできて初めて、本当の職場改善につながるのです。