2019年12月5日木曜日

「会社の愚痴」は増えているのか、減っているのか?


仕事をしていると、「会社の愚痴」はつきものだと思いますが、私自身の周りでは、最近めっきり聞かなくなりました。

その理由はいくつもありますが、一番大きなことは「周りにいるのが経営者か、事業主か、会社でも自分で物事を決められる立場の人だから」です。愚痴の対象になる相手がいない人、もしくは自分が仕事を動かしている側の人ということです。
そういう人が周りに多いのは、自分が同じ立場ということもありますし、年齢的にそういう人が周りに増えたということもあるでしょう。

ただ、企業勤務の若い社員たちと話をしていても、最近はあまり「会社の愚痴」というものを聞かなくなった気がします。私たちの頃は、上司であったり、漠然と会社であったり、対象はだいたい「上の立場の誰か」で、何かしらの不平、不満、愚痴のような話は常にありました。
しかし、今の若い社員たちは、自分の仕事にかかわる問題を、一方的に他人のせいにしません。自分のキャリア、経験として前向きにとらえて、自分なりにできることをしようとしているように見えます。

ただ、どんなに会社に馴染んでいても、社内のいいポジションで仕事をしていても、こういう人たちは、現状が自分のキャリアに見合わないと思えばすぐに転職していきます。
馴染んで心地よい状態を「停滞」ととらえたりするので、退職者の状況を気にする会社側からすれば困ったことですが、「キャリアの自己責任」の意識が強いことを考えると、致し方ない面があります。

会社のことを含めた「仕事の愚痴を言わない人」に共通しているのは、自分の仕事に対する「当事者意識」の高さです。今でも、与えられた仕事に文句ばかり言いながら、それでいて違った仕事を希望するわけでもなく、転職するわけでもなく、ただ現状にしがみついているかのような人はいますが、主体的に動こうとしないということでは、当事者意識が欠けているというしかありません。
やはり先行きが見通しづらい世の中で、多くの人の仕事に対する「当事者意識」は高まってきているように思います。

最近こんなことがありました。
ちょうどお昼時、飲食店で私の両側にそれぞれ会社の同僚同士と思われる二人組が座りました。全く別の会社の二組ですが、そこで話していたのは、どちらもたぶん同じチームで仕事をしているらしい同僚、もしくは後輩の話でした。
その内容はどちらも、「もっとこういう取り組みができないのか」「もっとコミュニケーションが取れないのか」「自分から手を出そうとしない」「何でも人任せ」など、その同僚もしくは後輩に対する「仕事の上での愚痴」でした。
上司の対応に関する話も出ていましたが、「やってくれなくて当たり前」とか「頼ることが良くない」など、不満の対象ではなく、少し距離を置いた支援者というニュアンスでした。私たちの頃のような「上の人に楯突く」という感じは一切ありません。

こんな話しぶりを聞いていて思ったのは、組織の中では、かつてのような上司、年長者が上だという一律の上下関係が薄れていて、もっとフラットな関係性が一般的になってきているということです。転職が普通になって会社にしがみつく必要がなくなり、会社や上司からの一方的な強制、支配ということは少なくなり、そんな中で「会社や仕事の愚痴」の中身も変わってきているように思いました。

「会社の愚痴」が増えているのか、減っているのか、私の身近なことだけではわかりませんが、みんなの当事者意識が増して、その中身が変わってきているとすれば、多少の愚痴はあっても良いと思います。ただし、現状肯定が行き過ぎていて、問題意識に欠ける面もあるのかもしれません。
いずれにしても、昔とはずいぶん様子が変わってきています。


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