2021年6月17日木曜日

「人見知り」で「人付き合いが苦手」なリーダー

人間誰しも得手不得手があります。そんな中でチームをまとめるリーダーのイメージは、「人付き合いがうまくて社交的な人」かもしれませんが、実際にはそういう人ばかりではありません。当然ですが、リーダーにはいろいろなタイプの人がいて、中には人見知りや人付き合いの苦手な人がいます。

 

ただ、そういうリーダーでも、現場レベルでは意外にうまくチームをまとめているものです。

あるリーダーは、いつも口数が少なく、人垣の一番外側のすきまから、顔を出して覗いているようなタイプの人です。自分から前に出ることはほぼなく、一般的に言うリーダータイプとは程遠い人です。それでもチームはとてもよくまとまっています。

チームメンバーたちはリーダーの性格をよく理解しているので、必要なことは何でも自分から確認し、いちいち言われなくても行動ができます。顧客も比較的長い付き合いのところが多く、みんなリーダーの人となりを「口数は少ないが真面目で誠実な、話すと実は面白い人」とわかってくれています。

周りの人たちから理解されて愛されていることもありますし、リーダー的な役割を他の人たちが肩代わりしてくれているところもあります。それでも肝心な時にはあてにされ、だからリーダーとして認められています。

必ずしもリーダー的なイメージの人がリーダーに適任というわけではなく、メンバーたちとの役割分担や、お互いがよく知り合うための時間を積み重ねることで、十分にリーダー役を担うことができます。

 

しかし、組織のトップリーダーに近づいていくほど、そのリーダーが人見知りのままでは本人も周りもつらくなってきます。理由はトップに近づけば近づくほど、形式的な社交の場が増え、面識がない初対面の人や、会うのがその場限りの人との対応が増えてくるからです。

ある会社の社長ですが、人付き合いが苦手なため、本人はそういう場を極力避けようとしたがります。しかし、社長に会ってもらわなければ話が進まない取引先や、挨拶、顔合わせが必要な関係先はその都度たくさん出てきます。ここでは「社長以外の誰か」という代えが利きません。

 

社長自身の腰が引けているため、周りの関係者はまずは連れ出すまでに一苦労し、さらに実際の現場でも気を遣わなければなりません。程よい世間話などは最も苦手なので、常に誰かがそばで取り繕う必要があります。それでも他の誰かではどうしようもないことが起こり、そこで社長がうまく関係を築いてくれるか、親密に接してくれるかは、その後の付き合いに大きな影響を及ぼします。

 

私がお付き合いしてきた中でも、人付き合いが苦手な社長は何人もいて、やはりデメリットの方が多いように見えました。それぞれ程度の違いはありますが、基本的に相手との距離感やコミュニケーションの取り方がうまくなく、実は部下や身近な関係者との間でも、良い関係が作れていないことがありました。一定の立場を超えると周りの人ではカバーすることが難しくなり、本人の苦手な部分がそのまま前面に出てしまっていました。

 

そんな中にも、これを克服した社長がいました。立食パーティーの壁際で孤立していたような人ですが、たぶん意識して頑張って、いろいろな場に顔を出すことで少しずつ慣れていって、今は見違えるような社交性を身につけています。そのおかげで会社も対外的な付き合いが広がって、業績にも良い形で跳ね返ってくるようになりました。

 

リーダーのスタイルはいろいろで、人付き合いをはじめとした対人関係が苦手な人でも、やり方次第で十分にその役割は果たせます。ただ、それがトップに近づくほどに対人関係は重要になり、その人以外の代えは利かなくなります。

トップリーダーに限っては、いくら「人見知り」で「人付き合い」が苦手であったとしても、それを克服する努力が必要ではないでしょうか。

 

 

2021年6月14日月曜日

自分の素性を知ってもらえば得がある

以前のことですが、知人の研修講師が話していたことです

あるプロ野球チームの大ファンとのことで、年間で20試合近くは球場で観戦するそうですが、やはりチケットが手に入らないことも多々あるそうです。

 

この人がまだ研修講師になりたての頃、講義の初めの自己紹介では、必ず大のプロ野球ファンであることと、あるチームが大好きで追いかけていることを話していたそうです。そうしていると、年に数回は野球観戦に誘ってくれたり、チケットを回してくれたりする人が、誰か必ずいたといいます。

観戦しに行けることが本音でうれしく、その人には心からお礼を言って、都合がつく限りは観戦しに行っていたそうですが、そうしているうちに誘ってくれる人の数と、誘ってもらえる回数が徐々に増えていったといいます。その後は自分でチケットを買う以外にも数カ月に一回は必ず誘ってもらえて観に行けるようになり、時には貴賓席や年間シートなど、めったに入れないところで観ることもできたそうです。

「自分の性格や好きなことなどの素性を他人に伝えていると、それが相手の中にインプットされ、その人を介して自分にとってうれしいことや有難いことがどんどん増えて得することが多いと言っていました。

 

この話には私もかなり共感するところがありました。ゴルフをするとかお酒を飲むとか、自分の性格や趣味、その他好みを周りの人たちに伝えていると、そのことに関して声をかけてもらえることが増えていきます。一度付き合いがつながると次も誘ってもらえるようになり、自分だけでは出入りできないところに行けたり、思いがけない人に会えたりということもあります。

私の場合は仕事でも同じことがあり、自分の仕事内容や専門性、パーソナリティーを知ってもらっていると、そこから仕事の相談や依頼につながっていくことがあります。リピーターや紹介というのも、これらと似た話だと思います。

 

これは様々なチーム運営の中でも、リーダーが自分の方針や価値観、考え方の基本をメンバーに伝えておくと、みんなの行動には一貫性が出てくるようになります。理念や指針といったものは、こちらの素性を相手に知ってもらうための発信であり、そうすることでそれに合わせた好ましい行動が増えます。

 

最近は価値観の多様化から、言わなければ伝わらない話が多くなっているので、きちんと言葉に出してコミュニケーションするリーダーが増えましたが、「これくらい常識」「空気を読め」「気を利かせろ」など、以心伝心やあうんの呼吸を求めるリーダーはまだまだ存在します。しかし、それでは必ずしも正確に理解されるとは限らず、仮に理解されたとしても、それまでには相応の時間がかかります。リーダーの側から意識して発信することが重要で、それによって仕事はスムーズに進むようになります。

 

「自分の素性を知ってもらえば、得することが増えていく」というのは、何が対象であっても同じことではないでしょうか。

 

2021年6月10日木曜日

「日本型雇用」と「社員エンゲージメントが低いこと」の関係

様々な調査結果で、自分が働いている会社に愛着や共感をいう「社員エンゲージメント」について、特に日本人はこの度合が低いとされています。ある調査では、エンゲージメントの高い「熱意ある社員」の割合は、米国の32%に対して日本はわずか6%と、調査した139カ国中132位とのことで、反対にエンゲージメントされていない「やる気のない社員」は、約70%にのぼったそうです。

ここではエンゲージメントという言葉に関する諸外国との解釈の違いがありますし、日本にも「自分の会社が大好き」という人はもちろんいますから、一概に言い切ることはできません。

ただ、私が身近でよく見るのは、いつも会社に対する不満ばかりを言っていて、仕事についてもやりがいや楽しさよりは、嫌々で仕方なくやっているように見え、それでも転職しようとはせず会社には居続けるという人たちです。

 

最近は自分のキャリアを主体的に考える人が増え、会社の愚痴ばかりを言い合うような光景は減りましたが、誰が見ても活き活きと働いているビジネスパーソンにはなかなか出会う機会がありません。たまに出会っても、ほとんどが自分で起業しているような人たちで、就職した組織の中で活き活きして働いている人は、意外に少ない感じがあります。

 

この理由について、いろいろな人がいろいろなところで意見を述べています。昔のようなハングリーさがなくなったとか、ちょっとのことでも我慢ができなくなったとか、人間関係が淡泊、希薄になったせいだとか、様々な指摘があります。それぞれ一理あるものばかりです。

 

私自身を振り返って、起業する前の会社員時代に、それほどやる気を持って仕事をしていたかと言われると、残念ながらそうではありません。業績を上げよう、目標達成しよう、評価されたい、出世したいといった気持ちはほぼありませんでした。そこまで会社にシンパシーを感じていなかったからですが、そう思っていた一番の理由は、いま思えば納得していないけどやらなければならないこと、すなわち命令や強制と感じることがいくつもあったからです。

そういうケースがそこまで多い境遇ではなかったですし、「そもそも組織にいれば当たり前」と言われてしまえばそれまでですが、一方的な目標設定、命令、その他強制は、人一倍嫌なタイプでした。だから結局起業したのだとも思えます。

 

そんなことを考えている中で、エンゲージメントが低い一つの理由として、日本的な「メンバーシップ型雇用」に行き着きました。簡単に解雇されない代わりに異動、配置、仕事内容は会社に委ねる仕組みですが、これはビジネスパーソンとして生きていくうえで、かなりの強制でないかと感じたのです。一方的な都合で自分を振り回す会社のことを、そこまで好きになることはありません。しかし、つぶしが利かないキャリアを積んできたせいで転職もままならず、会社を辞めることもできません。

 

「メンバーシップ型雇用」には、いかにも社員に優しい響きがあり、実際に社員を大事にする優しい会社も存在します。しかし、そこで奪われている自由もたくさんあります。「転勤」「異動」「副業禁止」などはみんなつながっている話です。

その雇用環境で過ごしてきた人たちは、「そういう経験も有意義で意味がある」と言います。こういった自分の過去の経験をと否定するのは難しく、「意味があった」と言いたい気持ちは理解できますが、納得できなくても従って、それが必ずしも良い結果出なかった経験はきっとあるでしょう。

 

長期の安定雇用が保証されていれば、多少の不自由と引き換えるだけのメリットはあるかもしれませんが、今はもうそういう時代ではありません。

日本企業での「エンゲージメント」の低さは、こんな「メンバーシップ型雇用」の弊害が結構作用しているように感じています。一方、「だからジョブ型雇用」などというほど単純な話ではありません。どちらも全体のシステムとしてよく考えなければならないことです。

ただ、自分で決められない人生は、少なくとも私は受け入れたくありません。