2019年9月16日月曜日

「早く定年したい人」と「働き続けたい人」


つい先日、日本で65歳以上の高齢者が総人口に占める割合は、28.4%と過去最高を更新したという報道がありました。世界的にみても2位イタリアの23.0%、3位ポルトガルの22.4%を引き離して、突出して高齢化が進んでいるとのことで、この比率は今後も上昇していく推計です。

最近の話題では、定年後の生活費で年金以外に2000万円必要になる試算があったり、年金の支給開始年齢繰り上げの検討であったり、定年延長やシニア人材活用の議論であったり、社会全体の高齢化に伴うものが多々ありますが、それらは労働力不足への対処の一環や、本人の老後の生活費の補填などの理由から、「定年後も働き続けなければならない」という論調が大勢です。

そうは言っても、「定年ですっぱり退職したい」「一刻も早く仕事から離れたい」という人はいます。私の知り合いでも、会社から強く雇用延長を要請されても、かたくなといってもよいほどに固辞した人が何人もいます。定年で仕事が辞められることを待ち望んでいたようです。
「もう十分働いたからのんびりしたい」「やりたい趣味がある」など、明確な理由のある人が多いですが、中には単純に勤労意欲がないだけに見える人もいます。

一方で、やはり元気なうちは仕事をしていたいという人もたくさんいます。私の周りには、経営者や自営業者など、定年自体がなくて引退時期を自分で決められる人もたくさんいるので、「働き続けたい人」が余計に多く見えますが、会社員だった人でも「定年後に仕事があってよかった」「通う場所があってよかった」「急に仕事がなくなったら何をしてよいかわからなかった」などといいます。やはり定年によって、急に社会とのつながりを切れてしまう不安が、結構大きな問題になるのでしょう。
また、仕事が続けたくても、自身の健康や家族の問題、仕事内容や条件の問題などで、それが難しい人もいますし、逆に仕事を辞めたくても、生活費などの金銭的な問題、後任者や後継者不在の問題などで辞められない人もいます。

何が言いたいかというと、「定年制」には一つのけじめという意義はあるものの、年齢という基準だけで全員一律に引退時期を決めるのは、やっぱり無理があるということです。「働きたくない人」を無理やり働かせることはできませんが、「働き続けたい人」でも一律にその機会を奪うのは、社会として損失です。

今は「再雇用制度」がありますが、多くの会社の制度は、シニアを定年後も戦力として活かすというよりは、できれば早く追い出したいが、法律で決まっているから仕方なく雇い続けているように見えることも多いです。年功賃金で仕事内容に対して高コスト化しているような事情もあるでしょう。

企業人事としての課題の中で、実は「定年制」は、「年功賃金見直し」とセットで考えなければならない優先度が高い大きなテーマです。若手の意欲を妨げず、会社の戦力としてシニアを活かすには、年齢一律の定年制で退職させたり、雇用を継続しても報酬を下げたりすることでは難しく、もっと個々の能力や希望に合わせた対応をしなければなりません。
当然ですが、賃金も過去の管理職歴に左右されたり、年齢一律であったりすることではなく、あくまで仕事内容を基準に決める必要があります。

「早く定年したい人」も「働き続けたい人」も、もっと自分なりの人生設計を考えられるようにすることが、大事ではないでしょうか。


2019年9月12日木曜日

努力の仕方を決めつけてはいけない


ウェブの記事で、ある女子プロゴルファー2人の対談記事があり、そこで目に留まった言葉がありました。「頑張ることはつらい道を選ぶことばかりではない」というものです。

記事にあったのは、「昔から“辛いほうに行け”“厳しいほうに行け”と言われ、自分もそうすべきだと思っていたが、決していいことはない」「もちろん、ただ楽な方にいくのではなく、どっちが楽しめるかということを考えて道を選ぶ」「結局は自分が良いと思える方に行くのが良いかなと思う」ということでした。
ケガでプレーできない時期があり、そういう考えに変えたらかえって気が楽になって、「もっと頑張ろう」と思えるようになったそうです。

この言葉を見たときに思ったのは、「努力の仕方というのは人それぞれでいいはずなのに、どこかで決めつけられていないか」ということでした。

努力にまつわる名言や格言といわれるものを調べていると、「努力を続ければ必ず報われる」というものがあると思えば、「報われない努力もある」であったり、「報われないかもしれないところで継続していることこそが才能」などというものもありました。

「辛いことから逃げてはいけない」「目標達成するには全力で取り組むしかない」など、きついことでも立ち向かって、がむしゃらにやるしかないというものがある一方、「正しい努力をする」など、冷静に力の使い方を考えるべきという言葉もありました。
「努力できることが才能」「努力した者が成功するとは限らないが、成功した者は必ず努力している」など、何かを得るには努力が不可欠というものもありました。

こんなすべての言葉に納得する一方、全体的には、やはり「努力するのはつらいこと」のイメージが共通しているように感じます。ただ、つらくなければ努力に当たらないのかといえば、絶対にそんなことはありません。他人から見るとすごい努力をしているように見えても、本人はそのことが好きで楽しんでいることがあります。逆に自分にはつらくて相当努力しなければできそうもないことを、難なくこなしている人がいます。
 やはり努力というのは、その人その人によって感じ方が違う主観であり、取り組み方も千差万別です。普通の人にとっては何気ない行動でも、努力しなければそれができない人もいます。
努力はつらいことばかりでなく、「楽しい努力」があっても良いですし、努力の仕方も自分なりに決めればよいことで、周りが決めつけることではありません。

私はどんな人でも、何かしらの努力は必ずしていると思っています。どんな小さなことでも、本人が努力と思えば努力であり、それが努力にあたるかどうかを決めるのは、本人しかいません。
努力の仕方にはいろいろな形があります。決めつけてはいけないと思います。


2019年9月9日月曜日

「時短ハラスメント」と本当の「時短」している会社の違い


「時短ハラスメント」は略して「ジタハラ」といわれ、働く人の労働時間を無理に短縮するなどの嫌がらせを指しています。

社長や役員をはじめ、管理職が「早く帰れ」「残業するな」と命令しますが、仕事量には変化がなく、単に労働時間だけが短縮され、会社からは定時で強制的に追い出されるために、持ち帰り残業やサービス残業が増えて、かえって労働環境が悪くなったという現場の声もあります。

長時間労働が大きく報じられた広告代理店で、その対策として深夜時間帯の全館消灯をおこないましたが、実際には結構電気がついているとか、出退勤を管理する出入り口のゲートをほふく前進で戻っているとか、冗談か本当かの区別がつかないような話もありますが、これほどではなくても、同じような「時短ハラスメント」にあたるような話は、多くの会社で聞くところです。
いずれにしても、残業時間削減の形だけの要求では、まったく問題解決にはなりませんし、それを自覚して動き始めている企業もたくさん出てきています。


ある知り合いの会社は、顧客を定期訪問しながら仕事の依頼を受けて、期限までにサービス提供するお仕事ですが、顧客が遅い時間の訪問を依頼してきたり、やたらと短納期の依頼があったりします。
今までは「顧客優先で請けられるものは請ける」という姿勢で、基本的に現場の裁量で判断していましたが、担当者の判断で顧客依頼を断ることはなかなか難しく、時間的なしわ寄せは自社で被るしかありませんでした。

はじめは業務効率化の名目で、自社内だけで対策をしていましたが、根本的な解決にはなりません。
そこからは会社主導で、まず顧客あてに依頼時間の制限(具体的にはある時間を過ぎた依頼への対応は翌日に回すなど)を周知して、残業につながりやすい依頼を断るようにしました。ただし、緊急対応は別途料金がかかる場合があるが、相談してほしい旨も追記して説明をしました。

そうしてわかってきたことは、例えば遅い時間の訪問依頼や短納期の依頼は、実はそれほど切羽詰まっていたり、絶対条件になっていたりするわけではなく、「頼めばやってくれるから自分たちの都合を言っていただけ」ということでした。
「何かあれば相談するのでその時はよろしく」といわれ、こちらの依頼時間の指定には問題なく合わせてくれました。「お互い“働き方改革”の世の中だからね」などと、好意的に反応してくれる会社もあったそうです。

ある食品製造販売の商店では、人手不足からやむなく営業時間を短縮しましたが、ほとんどの顧客は店の新しい営業時間に合わせて来店してくれるようになり、心配していた売上への悪影響はほぼないそうです。商品の提供時間を工夫したり、タイムセールなどを行ったりすることで、顧客の流れが結構変わることもわかったとのことです。

このように、「時短」というのは自社の努力だけではどうしようもないことも多く、顧客にもサービスの限定のような形で協力を依頼しなければならないことが少なくありません。ただし、それを現場レベルだけでやるのは、これまでの経緯からの難しさがあります。
その一方、自社としては一生懸命にやっていることが、顧客にとってはそれほど重要なことではない場合も多々あります。こちらから見るとサービス低下になることでも、顧客にとってはそれほどでないことはあります。
いろいろ打診してみると、顧客も意外に協力的だったりします。

もちろんこんなに理解がある顧客ばかりではなく、取引停止などの強硬な態度を取られることもあるでしょう。ただ、本当の意味での「時短」を実現するためには、軋轢を乗り越えなければならないことはあります。
「時短ハラスメント」の会社は、「社員の仕事の仕方が非効率」だけの仮説のもとに、労働時間を締め付けることだけで解決しようとしていて、本当に会社としてやらなければならないことから逃げています。「残業代さえ減ればよい」「労基署がうるさいから」など、そもそもの志が低いのかもしれません。

ドイツの労働時間の短さの理由に、「お互いがサービスをあきらめている」というお国柄があると聞きます。誰かが休むことによる不便は、自分も休むのでお互い様のこととして、受け入れているのだそうです。

「時短ハラスメント」の会社は、それを現場に丸投げし、本当の「時短」している会社は、仕事をどう効率化するかということを、会社ぐるみで考えています。