2014年4月25日金曜日

コンサルタントなのに「先生」と呼ばれる違和感の理由


コンサルタントとして仕事をしていると、クライアントから「先生」と呼ばれることがあります。コンサルタントが上から目線で一方的に教え始めたりしようものなら、それは確実にロクなことにならないので、「私なんか先生じゃないですよ」と言いますが、油断しているとまた「先生」になってしまいます。

他の士業の方々などにも話を聞いていると、私と同じように「先生」と呼ばれると何となく違和感があるとか、くすぐったい気分になるとか、心地良い捉え方をしていない人が大勢いらっしゃいます。

ただ、その中でも弁護士さんだけは、「先生」を受け入れている方が多いかもしれません。また、教師やお医者さんで「先生」と呼ばれることを嫌がっている人は、あまり聞いたことがありません。
その違いが生まれてきた背景は、あまりよくわかりませんが、個人の捉え方の問題と社会的な捉え方の違いの両方があるのだと思います。。

私自身は、なぜ「先生」と呼ばれることに違和感があるかと言えば、「そもそも教えるという立場ではないし、そんなに偉い訳でもない」ということです。「先生」なんて呼ばれて、調子に乗っているようではダメだという思いもあります。

要は「先生」などと呼ばれるに足る人間ではないし、そういう仕事柄でもないということですが、では「先生」とは本来どういう意味なのか、ちょっと調べてみました。

辞書にあったのは、
1.学問や技術・芸能を教える人。特に、学校の教師。また、自分が教えを受けている人。師。師匠。
2.教師・師匠・医師・代議士など学識のある人や指導的立場にある人を敬っていう語。また人名に付けて敬称としても用いる。
3.親しみやからかいの意を含めて他人をよぶこと。
4.自分より先に生まれた人。年長者。
ということで、この中でも4の「年長者」という意味が、そもそもの原義ということらしいです。

そう考えると、確かにクライアントより年長になる場合はあるので、別に呼ばれても不思議ではありません。
また中国では、お互いを「先生」と呼び合ったりするそうですが、これは「○○さん」と呼んでいるのに近いのだそうなので、もともとの意味に近いのでしょう。
どうも「先生」という呼び方を毛嫌いするのは、大きく持ち上げられている呼び方だと勝手に思い込んでいるようなところもありそうです。

それでもやっぱり、自分が「先生」と呼ばれることへの違和感は変わりませんが、本来の意味を考えれば、あまりこだわりすぎる必要はないのかもしれません。

ただ、「先生」扱いされないことで怒り狂ったという政治家さんがいたという話を聞いたことがあります。
私とは正反対に、それほど「先生」という呼び名にこだわる人もいるということですが、少なくとも自分はそういう人にはなりたくないし、まぁなろうとしてもなれないのだろうとも思います。

いずれにしても他人の呼び方、呼ばれ方は、考え出すとなかなか難しいもののようです。


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