仕事と仕事以外の生活を調和させ、誰もが働きやすい仕組みをつくることを指す「ワーク・ライフ・バランス」という言葉は、もうすっかり定着した感があります。
とかく働き過ぎになりがちな日本のサラリーマンに対しては、今後もしっかり取り組んでいかなければならないテーマであると思います。
ただこの「ワーク・ライフ・バランス」という言葉について、もうずっと昔からですが、私はどうしても違和感が拭えません。
その理由は「ライフの一部にワークがあるのであって、ワークとライフがバランスする関係性であるはずがない」ということです。
「ワーク・ライフ・バランス」のそもそもの語源について、あまりはっきりしたことはわかりませんでしたが、1980年代に仕事と家庭の調和施策などが世界的に広がる中で、日本でも少子化対策の育児支援、男女共同参画といった施策への取り組みの中からの出て来たようです。
言葉としては定着した感がある「ワーク・ライフ・バランス」ですが、その実現度合いとして、少しずつ進んできたと思うものの、進み方が早いとは言えません。この理由として私が昔から思っていることは、「ワーク・ライフ・バランス」という言葉のニュアンス自体の問題があるのではないかということです。
そもそも「ワーク」と「ライフ」は、その大きさが全く異なる非対称なものです。これを並べて「バランス」といって表現しているということは、「ワーク」を大きく捉えすぎているか、「ライフ」をすごく小さく捉えているかのどちらかです。そうなると、やろうとすることや取り組み方が大げさになりすぎたり、逆に末端の枝葉のことになりすぎたりしてしまうのではないでしょうか。
もともとバランスを欠いた対象物のバランスを取ろうとすれば、どこかに無理が生じて物事が進みづらくなるように思います。「ワーク・ライフ・バランス」が思うように進まない原因の一つには、こんな要素もあるのではないかと思います。
ではどんな言葉が良いかというと、それもなかなか浮かびません。
「ワーク・プライベート・バランス」?
「ワーク・ファミリー・バランス」?
「ワーク・ホビー・バランス」?
どれもイマイチな感じです。
その後いろいろ調べている中で、「ワーク・ライフ・シナジー」という言葉が目に留まりました。書籍も出版されているようです。
シナジーとは相互作用、相乗効果という意味ですが、こういう言葉の方が適切で、物事が進みやすくなるのかもしれません。
いずれにしても、どんな言葉で表現するかは、何事においても大切なことだと思います。
ワークライフバランスの違和感に同感です。
返信削除労働だけが社会参加ではなく、家事や育児の社会貢献は労働に勝るとも劣らない
と思います。