2017年10月20日金曜日

「変わること」が苦手なら「変わらずに適応できる場所」を探さなければならない



企業に勤める40代から50代のシニア世代に対して、キャリア指導をしている人が書いた記事の中にあった話ですが、この世代に向けたキャリア研修での感想には、「このまま定年で退職して悠々自適できるような時代ではないと自覚した」というようなものが多いそうです。

「悠々自適」という言葉の意味は、“自分の思うままに心静かに生活を送ること”なので、少なくともそれまでのような働き方を続けるイメージではないと思いますが、高齢化社会で年金受給もあてにならなくなっていくことを考えると、そうはいかない人の方が多くなっていくのは確かなことでしょう。

この研修の感想を見て思うのは、意識を変える必要性を自覚したという反面、「悠々自適」が許されるならばそれを望んでいたとも読み取れます。
そういう気持ちであったとすると、いくらここで自覚したと言っても、そこから具体的に意識を変え、行動を変えていくのはかなり大変なことですし、気持ちの切り替えも含めてそれなりの時間がかかるでしょう。

さらに、40代、50代というシニア世代になってくると、変化に対応したり、気持ちをもう一度焚き付けたりすることは、どちらかといえば難しくなります。
私は雇用されていないので少し立場が違いますが、同世代で何となく気持ちがわかるということで、この感覚を少し悪い言い方で表現をすれば、「心配は募るがそこまでのやる気は出ない」という感じではないでしょうか。
やる気が出ないなどとあからさまには言いづらいですが、本音ではそんな感覚のシニア世代も意外に多いのではないかと思います。

そうは言っても自分たちの生活のためには何かをしていかなければならず、「生涯現役でなければならない」という人も増えてきています。
ではどうすればよいかと具体的に考えると、私は40代、50代といったシニア世代の人にできるのは、「どうやって新しいことを身につけるか」ではなく、「今までの経験や能力をどうやって活かして貢献するか」ということしかないと思っています。
いくつになっても新しいチャレンジをし続ける人はもちろんいますが、全体を見ればそういう人は圧倒的に少数で、多くの人ができるのは「今持っているものをどう活かすか」です。

そこで本人が考えなければならないのは、「自分の能力、経験に価値を見出してくれる人や企業がどこにいるのか」ということです。しかし、これを考えられない、想像もできないというようなシニアが、かなり多いと感じます。

私のある知人に、「自分の経験があれば中小企業の指導くらいすぐできるから、コンサルタントでもやろうと思っている」などと、自分の経験に自信過剰な人がいましたが、そんな人がいる一方、「自分の経験は特殊で狭く、自社の特化したことなので、他に活かせることはないとあきらめている」などと、初めから自分の経験を卑下して思考停止している人がいます。

どちらの場合も、自分の能力や経験を客観視できていない点が共通していますが、一つの会社に長らく勤めてきた人や社外との接点が少ない人は、自分の能力が活かせる環境を考えること自体が難しいのも確かです。
また、特にシニア世代の場合、行った先の企業から「できると思ったがダメだった」と言われてしまう話は比較的多いですが、変化が苦手なシニア世代では仕方がない面もあります。若い世代以上にぴったりしたマッチングを考えなければなりません。

その人の持つ経験、能力というのは、実際にそれが発揮されているところを見なければ、他人からはなかなか理解しづらいですが、それを本人さえ自覚できていないとなると、せっかく持っている知識や経験は埋もれてしまいます。それは本人にとっても社会にとってももったいないことです。

「変わること」が苦手なシニア世代は、「変わらなくても適応できる場所」を探さなければなりません。それがどこかを見つけ出すのはなかなか難しいことですが、まずは当事者である自分がその意識を持つことが必要ではないでしょうか。


2017年10月18日水曜日

約束事なのに上下関係を盾に迫られる?



あるカフェで、少し強めの口調で仕事の電話をしている男性がいました。どうも発注元の担当者らしき人と話しているようで、依頼されていた作業をドタキャンされたようです。

「なぜわかった段階ですぐに知らせてくれないのか」と言っていますから、たぶん連絡がないままで直前まで放置されていたのでしょう。
「仕事がキャンセルなら、もっと早く言ってくれれば他の予定が組めたのに」と言っていたので、それなりに忙しい、現場で直接の作業に関わる個人か小さな法人の技術職という感じでした。

その後、「今後こういうことは、わかった段階ですぐに連絡してほしい」と言っていましたが、それを何度も何度も繰り返していたので、先方から確約の返事がなかったのでしょう。
どんどん口調が強まっていたので、先方からは言い訳なのか、屁理屈なのか、あまり納得できないことを言い続けられていたようです。もしかすると謝罪の言葉もなかったのかもしれません。

これは私の個人的な想像も入った一方的な印象ですが、この人のことを「発注元に上から押さえつけられてかわいそうだ」と思いました。約束事を破ったのは確実に向こうのはずですが、被害を被ったのはこちらだけです。そして、この「下請けのつらさ」「現場への押し付け」のような、約束事なのに上下関係を盾に迫られることは、かなり多くの話を耳にするところです。
それは、発注側と受注側という関係だけでなく、会社と社員、上司と部下、管理者と現場など、組織内でも起こっています。そして、そのしわ寄せは、ほぼ確実に下位のもの、末端の側にいくようになります。これはうれしいことでも好ましいことでもありません。

実は私自身は、ほとんどこういう目にあったことがありません。その理由は簡単で、「約束を破った実績のある人とは仕事上の付き合いをしなかったから」ということです。会社員時代はたまたまそういう人に出会わずに済んだことが幸運でしたし、独立してからはWin-Winでの付き合いができない人は排除してきたということがあります。逆に言えば、自分にできることは、「そういう人からの仕事は請けない」「そういう人とは付き合わない」ということくらいしかできないということでもあります。

そしてそのことは、「多くの仕事を請けて収益を上げる」ということには反することでもあります。仕事である限り、「選り好みをしない」「苦労があっても引き受ける」ということも必要ではありますが、私は不誠実な人には耐えられないので、あえてそうはしませんでした。その結果として、「約束事の上下関係」に巻き込まれることはありませんでした。

「約束事の上下関係」に立ち向かうには、私は毅然とした態度を貫くしかないと思っています。それで一時的には損をしたり被害を被ったりすることもあるかもしれませんが、その結果として、周りには信頼できてWin-Winを築ける人だけが残りますから、長い目で見ればより良い形につながります。
ただ、これも上下関係を盾に約束を反故にする人がいなければ、気にする必要もないことです。できるだけそういう世界に近づけばよいと思います。


2017年10月16日月曜日

社内の不正は“隠せてしまうから隠す”ようになる



神戸製鋼所で製品の品質データの改ざんが明るみに出て、内部調査が進むほどに関連製品や関与した部署やグループ会社の範囲が拡大し、新たな改ざんが発覚してくる状況となっています。

社長の会見の様子を見ていて、あくまで私の個人的な印象ですが、何となく言い訳が多くて反省している感じには思えず、過去にも同じような不正があったことを見ていても、このあたりの原因が組織風土にあったと言われても仕方がないと思います。

日産自動車でも無資格者による検査という不正がありましたが、このような社内での不正や隠ぺいというのは、その程度の大小はあるものの、私が見てきたどの企業でも必ず何かしらの問題がありました。
製品やサービスの品質にかかわる問題、顧客からの信用にかかわるような大きな問題もありましたが、それに関与したとされる社員のほとんどには悪意がなく、指摘されて本気で慌てたり、茫然としたり反省したりという人が大半でした。
要は自己判断もしくは一部の人たちの判断によって、「特に問題にはならない」「あえて表沙汰にしなくても自分たちで処理できる」と考えていたということです。

確かに組織風土の問題、マネジメントの問題ではありますが、なぜ不正や隠ぺいが起こるかと言えば、端的に言えば「それができてしまうから」ということです。「隠せてしまうから隠す」のだと思います。
やはり人間の心理として、自分のミスは指摘されないですめばそうしたいと思うでしょうし、手抜きや甘さが許されれば、そちらに流されてしまう人はたくさんいるでしょう。

ではどうすれば隠せなくなるのかと言えば、結局は「複数の目でチェックする」「情報公開と共有で不正やトラブルが見つかりやすくする」「システム化、仕組み化で改ざんできなくする」といった基本的なことです。「性善説」ではなく「性悪説」に立って管理する仕組みを作るということになります。
人がたくさんいる前、防犯カメラの目の前で盗みをする人は少ないように、当事者にとって発覚する可能性が高いと思われれば、ほとんどの不正は行われなくなるでしょう。

だからといって、これを100%の形で行うのは、こちらもまた簡単なことではありません。社長が不正や隠ぺいの先頭に立ってしまえば、それが社外の関連先にでも漏れない限りは絶対に発覚しませんし、かなり細かい管理の仕組みを持っている企業でも、組織の上席に近い人が関与すれば、不正も隠ぺいも可能になってしまいます。すべて「性悪説」で組み立てると、管理コストは高くなり、組織の柔軟性も失われます。どんな対策をしても盗みを100%防げないことと同じで、どこかに「性善説」による人への信頼がなければ、組織はうまく回りません。

ある社長に聞いたことですが、その会社はかなり詳細なマネジメントの仕組みと決まりごとがありますが、店舗で直接現金を扱うので、店の責任者が悪意を持って振る舞えば、どうしても不正行為の余地はできてしまうとおっしゃっていました。
そうなると、チェック方法や仕組みだけでなく、責任者の真面目さや信頼度も考慮しなければなりませんし、そもそも真面目だった人がたまたま借金を背負ってしまって不正に走ってしまったなどという例もありますから、やはり完全な対策というのはありません。

そうはいうものの、神戸製鋼所の様子を見ていると、過去から不正を気にしないような体質があるようにも見えますし、やはり対応や対策が足りなかったことは間違いありません。
基本的なことを組み合わせて対策していくしか方法はありません。今後の成り行きを見守りたいと思います。