2016年12月7日水曜日

「残業時間の上限規制」は本当に支障があるのか?



読売新聞がおこなったアンケート調査によると、政府が「働き方改革」の一環で検討している残業時間の上限規制について、主要企業の47%が業務への支障を懸念する一方、支障がないと考える企業も45%と、意見が拮抗しているというニュースがありました。

もう少し詳細を見ると、主要企業180社のうち、79%にあたる143社が回答し、上限規制で「業務に支障が出る可能性があるか」との問いに対して、「そう思う」が11%、「どちらかと言えばそう思う」が36%で、支障を懸念する企業の合計が47%、逆に「そう思わない」が17%、「どちらかと言えばそう思わない」が28%と、懸念しない企業の合計が45%ということです。

では実際にはどうなのかというと、私はやはり業種や仕事内容によっていろいろではないかと思っています。
ここからはあくまで私個人の想定ですが、特に人が直接行うサービス系の仕事や、できる人が限られるような専門技術系の仕事の場合は、テクノロジーなどを使ってもすぐに効率が向上するものでもなく、時間数はなかなか減らせないという感覚ではないかと思います。
逆に、これは業種や仕事内容を問わず、無駄な時間の使い方があると見ていて、効率化の余地があると考えている企業では、「支障は出ない」となるのではないでしょうか。

ただ、このアンケートの続きを見ると、気になることがあります。
それは、「長時間労働を減らすための課題は?」との問いに対して、“支障あり派”“支障なし派”ともに、一位の答えは「業務量を減らすこと」となっていることです。
これは、多くの企業では長時間労働の大きな要因を「業務量が多いこと」と考えていて、それを減らすことができるかできないかという認識の違いで、“支障あり派”と“支障なし派”に分かれているということです。

この点をもう少し考えてみると、「業務量が簡単には減らせない」という直接的な要因とともに、事業内容によっては、業務量を減らすことがそのまま売上を減らすことも考えられます。
そういう懸念があると、さらに「支障が出る」という考え方が強まり、それがなければ「支障は出ない」となるのではないでしょうか。

私個人としての驚きは、長時間労働の最も大きな原因が「業務量が多いから」と捉えている企業がこれほど多いということです。そういわれてしまうと、「簡単には減らせない」というニュアンスがより一層強まって、長時間労働対策自体が空洞化してしまう懸念を感じます。減らせない口実に使われてしまうのではないかということです。

私もいろいろな企業と一緒に仕事をしますが、その中では「単純なことなのにずいぶん時間がかかる」と感じたり、「そこまでやらなくても良いのでは」「それは無駄なことでは」と思うことが、かなりたくさんあります。
どちらかと言えば大企業の方がその傾向が強く、その中身も上司の承認や社内手続きなどといった、社内事情によるものが多いという印象です。コンプライアンス上の必要性などがあるにしても、効率化する余地はまだまだあると感じます。

長時間労働の主因は、本当に「業務量の多さ」なのか、それは本当に減らすことが難しいものなのか、今一度検証する必要があるように思います。


2016年12月5日月曜日

もしも「通勤時間」を労働時間の一部と考えたら



先日、朝の通勤時間帯に乗客同士がもめて、駅の非常停止ボタンが押されたために、電車遅延が最大で75分にも及んだという記事がありました。
混んだ車内で、座っていた人の顔に、前に立っていた人のコートが何度も当たり、それをきっかけに言い争いになったことが原因とのことです。

「こんなことで電車に缶詰めにされてはかなわない」「最近はすぐにキレる人が増えた」「混んでいる時はお互い様なのに」など、当事者を非難する声が大多数ですし、私も基本的にはそれと同感です。

その一方、自分自身も混んだ電車内でイラッとすることはありますし、そこで何か相手から言われたりしたら、それこそ言い争いになってしまうかもしれないという心理状態になっていることが、ときどきあるのは確かです。
最近は、駅員への暴力沙汰が増えていると言いますし、そこではやはり深夜の飲酒がらみが多いようですが、電車の混雑も間違いなく人がもめる原因の一つではあるでしょうから、これをなくすには混雑状況を解消するしかありません。

この手の話を聞くたびに、私は「通勤時間」の意義というものを考えてしまいます。私自身が以前の企業勤務の時代から比較して、通勤電車に乗る回数が減ったことでよけいにそう思うのですが、こんなに大変な思いをして多くの人が一斉に移動することや、長時間通勤の人がたくさんいることが、果たして仕事上での良い効果を生んでいるのだろうかということです。

中には「オンオフの切り替え時間」「読書の時間」など、有意義に活用しているという人がいますが、逆にそのくらいのことしかできない時間とも言えますから、あまりメリットとは言えないように思ってしまいます。
人が集中して動くことで、日中の時間帯よりも所要時間が長く、さらに遅延も発生しやすいことなど、単なる移動の効率だけを考えても、やはりメリットはありません。

混雑や長時間の移動のせいで消耗する体力であったり、寝不足でも体調不良でも、急ぎの仕事がない暇な状況でも、休暇でなければ原則決められた時間に出社しなければならないことを考えると、これもあまり効率的には思えません。

ここで、通勤時間に関する統計を見てみると、総務省の平成25年の調査では、全国平均では片道27.6分、最も長いのは神奈川県で片道48.0分、次いで千葉県45.7分、東京都43.7分と続き、最も短いのは宮崎県で17.7分ということでした。大都市圏では往復1時間半以上かかる人が半数以上いる訳で、簡単に無視できるような時間数ではないと思います。

「通勤時間」というのは、仕事で拘束されている訳ではなく、本人が自由に使える時間ということで、労働時間にはカウントされませんが、オフィスで仕事をするためには絶対に必要な時間であり、労働時間に準じるものという見方もできます。

昨今の「働き方改革」では、テレワークや在宅勤務の推進が言われますが、“コミュニケーションがとりにくい”“作業管理がしにくい”など、仕事の効率が下がるというようなニュアンスで、あまり積極的に捉えようとしない向きがあります。

しかし、仮に「通勤時間」も労働時間の一部と考え、通勤に使う時間と体力を減らすことができれば、実質的な仕事の生産性を上げることと、働く人のプライベートの充実を両立することができます。

最近は、始業時間を遅くして時差出勤を可能にしたり、細かな時間単位の有休を取れるようにするなど、時間の柔軟性を認める企業が増えてきています。
しかし、「通勤時間」に関しては、個人の住宅事情や家庭の事情によることもあり、あまり仕事上の負担として重視されてこなかった面があります。遠距離通勤、長時間通勤などはあくまで本人の判断であり、会社が関知するところではないというような考え方です。

ただ、「働き方改革」の流れと合わせ、これから将来の働き方を考えていったときに、「通勤時間」は重要な要素です。今まで以上に配慮しなければならないものということを想定して、準備することが必要だと思います。

2016年12月2日金曜日

「24時間営業」だけでない、過剰品質や過剰サービスと思うこと



ファミリーレストランの「ロイヤルホスト」が、来年1月までに24時間営業をやめることを決めたというニュースがありました。早朝や深夜の営業短縮も進めていて、定休日の導入も検討していくそうです。百貨店やスーパーなどでは定休日の復活が進みつつありますが、外食業界ではまだめずらしいことのようです。

その理由はいくつかあるようですが、最も大きいのは、人手不足で賃金が上がっているために、深夜営業での売上が、コストに見合わなくなってきているということのようです。
さらに、営業時間で無理をすると従業員に長時間労働を強いてしまうこと、生活習慣の変化で深夜の利用客自体が減っていることなども挙げられています。

最近、このことに関連した記事を読んでいて、過剰なサービスが、働く側でもある自分たちの首を絞めているのではないかと書かれたものをいくつか目にしました。

指摘されていたものを見ると、例えば宅配便の無料の再配達や、細かな時間指定のサービスなどは、便利であることには違いないものの、配達する側の人たちには多くの負担を強いることになっています。
さらに、指定した時間にもかかわらず在宅していなかったり、ドライバーへの直通電話を使って「今すぐ届けろ」などと無理強いをしたり、わがままの度合いが増していることもあるようです。こういう負担は、直接顧客に接する末端の社員たちばかりにしわ寄せが行きます。

インターネットによる飲食店情報サービスの普及で、お店などの検索や予約は便利になったものの、その一方でドタキャンのような話も増えているようです。キャンセル料も取れずにお店側の負担となることがほとんどでしょうが、そのマイナスは結局お店で働く人たちの生活にも及びます。

似たような経験は、私も新卒採用の説明会予約でしたことがあります。あっという間に予約が埋まって満席なのに、直前のドタキャンで参加者は定員の半分くらいしかいなかったなどということがありました。
とりあえず予約をキープして、直前に行くか行かないかの判断をするのでしょうが、これは会社側の担当者がそれに振り回されるだけでなく、参加したい他の学生から権利を奪っていることになります。周りにいる仲間の“誰か”を困らせているかもしれません。

以前、過剰包装が問題になったことがありましたが、一時期ほどではないにしろ、今でも野菜や果物は細かく袋づめされていますし、パン屋さんなどでは商品を一つ一つビニール袋に入れてくれ、さらに手提げの袋にまとめてくれます。日本人の潔癖さに合わせると、そうせざるを得ないのかもしれませんが、他の国の様子と比較するとやり過ぎな感じは否めません。

消費者としては、安価で良質なものを求めるのは当然ですが、働く側からすれば、自分たちの扱う商品やサービスが、できるだけ高く売れるに越したことはありません。
そこには「適正価格」があるはずですが、物やサービスが売れづらくなっている中では価格は低下傾向になり、働く人の報酬には当然マイナス方向に作用します。

俗に言うデフレということですが、このように、物を売る側と買う側、サービスを提供する側とされる側、みんな裏と表でつながっています。過剰品質も過剰サービスも、便利な一方で働く側の自分たちを苦しめている側面があります。

24時間営業見直しの話は、そもそも人手不足から始まった経済合理性に基づく判断なのかもしれませんが、私はこの裏と表のバランスを取ろうという動きについては、肯定的に捉えています。
そして、これからもこういう動きは業界問わずに広がっていくだろうと思っています。この流れを見誤ると、いつの間にか「自社で働いてくれる人が誰もいなくなっていた」などということになりかねません。