2013年10月30日水曜日

「会議体」と「ただの会議」の違い


組織が拡大するとともに、会議の数が増えていくのはある程度は仕方がないことです。ただ、顔ぶれがほとんど変わらない会議がいくつもあったり、出席しても発言する機会がほとんどないような会議は、あまり有意義とは言えません。

組織運営上の課題で、「非効率な会議」がテーマに挙がることは良くありますが、真面目に会議の中身を吟味しようとすると、「あれは必要だ」「これは減らせない」などの意見が出てほとんど削減できず、それならばと時間制限や人数制限、回数制限などを行ったりしますが、だいたいがしばらくするとなし崩しになってしまい、あまりうまく行くことがありません

企業文化によるところもありますが、会議の多さが当たり前になり、それに慣れてしまっているような会社を目にすることもたくさんあります。

ある会社で、「うちの会社は会議体が多すぎて困る」という発言を耳にしました。たぶん「ムダな会議が多い」という意味だと思いますが、この「会議体」は「ただの会議」とは意味が異なります。

ご存知の方はご存知でしょうが、「会議体」は、複数の人がある目的のために集められ、その会議によって意思決定を行うという意味です。取締役会、株主総会など、決定事項があるものが「会議体」に該当します。

ですから、複数の人が集まっても、明確な決定事項がない会議は「会議体」ではないし、打ち合わせなども「会議体」には当たりません。また、ある責任者がトップダウンで意思決定するような会議も「会議体」ではありません。

企業内で「多すぎて困る会議」の大半は、時間ばかりかかって何も決まらない会議、初めから決定事項がない会議、目的が良くわからない会議ではないかと思います。「会議体」ではない「ただの会議」です。

こうやってみていくと、「会議体」は組織の拡大とともにある程度増えていくものだが、「ただの会議」はそうとも言えないという感じがします。

「会議体」と「ただの会議」の違いをしっかり認識してみると、少しはムダな会議を整理することにつながるのではないかと思います。


2013年10月28日月曜日

使い方が見直される「年功序列」


最近あらためて「年功序列」を見直し、うまく活用しようという動きが、一部の企業の中に出てきています。

例えば、入社後10年間は、会社として必要なスキルと経験を身につけてもらう期間として位置づけ、昇格スピードに差はつけずに社内で経験を積んで行ってもらい、社内での競争はその後からというようなことをしています。会社として10年の育成期間を設けるということですが、その間でも短期的な成果は、賞与で差をつけて反映するのだそうです。

かつては悪しき制度の象徴のように言われた「年功序列」ですが、世の中の仕事で、年月を経ていく中で身につけていくスキルや経験、すなわち年功的な要素が一切関係ない仕事というのは、たぶんほとんどないと思います。新しい発想、新しい技術、新しい方法だけがすべてということはないでしょう。

年令は関係ないと言いながら、年令相応の経験値というのは確実にありますし、周りからはそういう要求もされます。スキルや経験と年令は、正比例の関係ではありませんが相関性はあります。

かつての「年功序列」は、それが第一優先の基準だったため、生み出した成果や保有能力にかかわらず、ただ年令が上だというだけで、給料も役割も役職もみんな上というものでした。

その反動で成果主義への移行がありましたが、今度はそれを重視しすぎたため、中長期の経験の積み重ねで得られる経験知や暗黙知(言葉では表しづらい知識)が軽く扱われるようになりました。中高年層を中心にしたリストラなどで、現場が回らなくなってしまう企業がたくさん出てきました。

体力、記憶力、新しいことへの適応力や吸収力といった、年令とともに衰えていく能力がある一方、人脈、応用できる事例、経験を積むことによる引き出しの数や中身、その他いわゆる人生経験は、年令とともに増えていきます。これらをすべて足し算したものが、仕事をしていく上での「総合力」ということです。
この「総合力」は、衰えるものを積み上げるものが上回れば、年令を問わずに本人の意識次第で増やしていく事ができます。

経験値や暗黙知も含む仕事の「総合力」に注目すると、人材育成というのは中長期で考えて行くことが必要になります。「経験する」「場数を踏む」ということも、それを繰り返していくことも育成には必要であり、そのためにはある程度の時間が必要です。

そんな事を考えると、「年功序列」も、適度な意味であれば必要な考え方ではないかと思います。


2013年10月25日金曜日

悪気が無い営業担当たちのしつこい電話営業


このところ、ある会社から頻繁に営業電話が入ります。真面目なサービスを行っていてそれなりの知名度もあるきちんとした会社です。

こちらとしては今のところ利用を考えていないので、そう言ってお断りをしていますが、にもかかわらず何度も何度も電話があります。電話をしてくる人はその度に違う人で、何度も連絡をもらって断っている旨を伝えると、恐縮して謝罪され、すぐに電話を切ります。皆さん言葉づかいも丁寧で礼儀もしっかりしていますが、でもまたすぐに違う人から電話がかかってきます。

これは想像でしかありませんが、営業先候補のリストか何かだけを共有していて、それを使って個々の営業担当が個別に動いているようです。私のように連絡が重複している相手がいることは、個々の営業担当はたぶんわかっていて、それでしつこい話はしないのだと思います。

この状況は、会社の評判自体を落としますし、営業的にもマイナスにしか働かないはずです。営業状況の共有ができていないためにこういうことが起こっているのは明らかです。
ただ、手当たり次第に電話営業するような会社は、おおむね電話口での対応もよろしくないことが多いですが、この会社にそんな感じはありません。電話対応の様子から感じるのは、個々の営業担当の顧客対応スキルは十分にあるのだろうということです。

こんなことから、これもさらに想像ですが、何らかの理由で今まであまりやってこなかった電話営業のような手法を取ることとなったが、環境整備ができておらず、営業現場はかえって右往左往している、そんな感じがします。

非常に単純な社内情報共有の上での不手際ですから、社内のしかるべき立場の誰かが、ちょっとだけ主導すれば解決できてしまいそうなことですが、そうはいかない何かがあるのでしょう。
“しかるべき誰か”が現状を知らない、または知っているけど問題とは思っていない、などということが一般的には多いですし、部下とのつながりが浅い新任の営業責任者が、営業現場にテコ入れを図っているなんて言う場合にこんなことが起こりやすいですが、実際にはどうなのかわかりません。

それなりの企業ですし、ちょっとした組織内のコミュニケーションの問題なので、会社の評判を落とさないうちに、早く気づいて是正してもらえれば良いと思っています。


2013年10月23日水曜日

飛び越してもよい「情報収集」と飛び越してはならない「指示命令」


組織上のどんな立場でも、現場で起こっていることの「情報収集」は大事です。

社長や役員の現場視察や現場ヒアリングはいろいろな企業で行われていますし、直属の上司部下の関係だけでなく、それを飛び越えた意見交換や情報交換、懇親といったことも、仕組みの有無にかかわらず実施されていると思います。こんな「情報収集」に関しては、それが組織の枠や直属の関係を越えていたとしても、悪いことではありません。

ただ、特に中小企業やオーナー企業で多いのは、この「情報収集」の結果をもとに、組織の枠や上司部下の関係を飛び越した「指示命令」が行われてしまう場合があることです。社長や役員が、直属の部課長を飛び越して現場の一般社員に直接指示を出し、部課長はそれを知らない、などということです。役員が部長を飛び越す、部長が課長を飛び越すなど、パターンはいろいろあります。

こうやって書くと「それは組織運営上は良くないことだ」と理解してもらえるのですが、実際に組織を飛び越した「指示命令」は、結構な頻度で行われているにもかかわらず、当事者がそれを自覚していることは意外に少ないです。「自分は現場を知っている」という感覚で、組織階層はあまり考えず「自分で指示してしまう」のです。

でもこれは、飛び越された指示命令の権限者にとっては、大変困ることです。自分の指示が覆されたり、つじつまが合わなくなっていたり、それが自分のあずかり知らないところで行われていたりします。
飛び越された管理者はどう行動するかを考えれば、まずは飛び越した指示を出した上席者に反論するか、黙って従うかのいずれかしかありません。
その後は、飛び越された本人が、「責任感をなくす」「自分で判断しようとしなくなる」「上司に不信感を持つ」「やる気を無くす」など、いずれにしてもプラスに働くことは一つもありません。

組織上の権限を持ったオーナー経営者や役員だと、ついつい口を出したくなるのでしょうが、組織上の秩序を守るには「指示命令」を飛び越して行うことは、よほどの緊急時でもない限り厳禁です。

「情報収集」は幅広く臨機応変に行い、「指示命令」は組織上の職務権限に従うということは、企業規模に関わらず、絶対に守らなければならない原則だと思います。


2013年10月21日月曜日

“立派過ぎる社長さん”の弊害?


“率先垂範”が大切なことは、いろいろな場面でいわれますが、これは少しそれに反するようなお話です。

その会社は非常に忙しく、仕事の拘束時間も長くなりがちな、俗にいう“キツイ”業界ですが、社長さんがとても立派な方なのだそうです。
誰よりも率先して働き、指示も的確で仕事ができる方です。口先だけのリーダーシップでなく行動も伴っています。誰よりも早く出社し、掃除などの雑用であっても他人だけに押し付けずに一緒にやります。社員たちによく声をかけ、よく人を褒めます。社外では慈善活動にもかかわるなど人格も素晴らしく、みんなに尊敬されるような方だそうです。

「こんな人のもとで働きたい!」という入社希望も多いなど、素晴らしい会社に間違いないのですが、実はこの会社には、 “メンタルダウン”を起こしてしまう社員が非常に多いという問題があります。
その理由として、業界的にも激務であるということとともにもう一つ、この立派過ぎる社長さんにも原因があるようです。

どんなことかというと、例えば、仕事がつらそうだったり行き詰まっている社員がいると、この社長さんは、「君ならできるよ。僕だってやって来れたんだから!」「大丈夫!チャレンジしてみようよ!」などと励ますのだそうです。確かに社長さん自身も努力しているし、率先して行動もしているし、人格も立派です。よくある話の「自分のことを棚に上げて」などと批判もできません。また、そんな社長さんから励まされれば、社員の立場で「いいえ、無理です」「つらいです」「できません」などとは、なかなか言えないでしょう。

リーダーが優れていて非の打ちどころがないがゆえに、周りで働いている社員たちもそのスーパーマンに合わせざるを得ない、要するに「弱音が吐きたくても吐けない」という環境になってしまっていたのだそうです。
自分はつらくても、もっと大変そうで、なおかつそれを実践しているな社長がいることで、とても弱音なんか吐けないから我慢するしかない・・・、そんなことを続けているうちに体と心が悲鳴を上げ、結局働く事ができなくなってしまう・・・、こんなことがあるようです。

この「弱音が吐けない環境」は、言いかえると「本音が言えない環境」となります。また、「自分の弱みが見せられない環境」でもあるでしょう。これはコミュニケーションが悪い組織、助け合いがない組織、ノルマが厳しい組織に起こっていることと、あまり変わらないことになってしまいます。

この社長さんにはまったく悪気はないのだと思いますが、しいていえば、自分は他の普通の人とはちょっと違うということ、多くの人はそんなに何でもできるものではないということの理解が足りないように思います。

行動的でリーダーシップがあって、率先垂範を実践している人格者の社長さん! ちょっとだけ周囲の人たちを見渡して、甘えることも許してあげてもらえれば・・・などと思います。


2013年10月18日金曜日

内定者に聞いた“就活の進め方の個性”


ある企業で、来年入社の新卒内定者の方々に、就活中の様子を聴く機会がありました。

企業研究のしかたについて尋ねてみたところ、ある女性は「ちょっとでも興味を感じたところにはできる限り説明会に行って、その時に感じるもので選考に進むかどうかを決めていた」と言っていました。
特に活動を始めたての頃は、自分にとっては“ハズレ”と言っていいような会社にも、ずいぶん当たったことがあったようです。そんな経験をしながら、徐々に目も肥えていき、効率的に活動できるようになっていったそうです。

これに対してある男性は、「特に自分が重視している事業内容の部分を、できるだけ細かく自分で調べて、その上で説明会に参加するかどうかを決めていた」とのことでした。まったく的外れの企業に行くようなことはなかったが、説明会に参加した社数はやっぱりあまり多いとはいえないと自己評価していました。自分の適性を良く見て、「自分が役に立てる仕事は何か?」という考えが強かったのだそうです。

就活の一般論として、「会社はできるだけいっぱい回ろう」なんて言いますが、実際にやろうとするとそれほど簡単なことではありません。最近は100社以上回ったなんていう人もめずらしくありませんが、やっぱり時間的な制約もあるし、とりあえず数を撃てば当たるというものではありません。うまく活動するには効率もメリハリも必要です。

このお二人の場合、とった方法はそれぞれ正反対ですが、共通しているのは「自分に合った方法を自分なりに考え、自分なりに検証しながら進めて行った」ということです。自分なりの特性に合わせた“就活の進め方の個性”と言えるでしょう。

もう一つ印象的だったのは、最近の就職指導の中でよくやっている“模擬面接”のことを聞いたところ、このお二人はやろうとは思わなかったそうです。

「あまり意味がないだろうと思った」という点は共通していて、その代わりに何をやったかというと、女性の方は友人との情報交換や意見聴取で、「面接で○○って聞かれたら、なんて答えたらいいと思う?」なんていうやり取りをしていたそうで、男性の方は、やはり「自分なりの反省とあらためての自己分析だった」とのことでした。

ここにも“自分の感性と対外情報重視”と“自分で考えることと準備の重視”という、企業研究の仕方と似たような違いが出ていました。

就活に関する本があふれ、塾やセミナーのようなものまである昨今ですが、就活を成功させるための基本は、やはりマニュアルや周囲の声に流され過ぎず、かといって無視はせず、「自分に合った方法を自分で考える」ということに尽きるようです。


2013年10月16日水曜日

軽く扱われている気がする「人材開発」


「人材開発」という言葉を聞いたとき、皆さんはどのような捉え方をされるでしょうか。「人事の中の一機能」「社内研修担当」という感じが多いのではないでしょうか。中には「役に立つのかわからない研修を自己満足で企画しているような面倒な部門」などという否定的な捉え方もあるようです。

ただ、「人材開発」というのは、社内研修などと言う狭い話ではなく、“企業戦略に合致した人材像を定め、それに則った人材育成戦略を定めて実行する”ということが本来の定義です。

そう考えると、どんな人材を採るかという採用、どんな人材を評価し、どんな処遇をするのかという人事制度、どんな役割でどんな仕事をどこでやらせるのかという配置や異動、個々の現状のスキル把握と育成方法の検討など、組織の「人」についての全てのことが関わってきます。

しかし現実には、「人材開発」というセクションがあったり担当者がいたとしても、ここまでの役割を与えられていることは多くありません。

実際に「人材開発」を担当している人の意識も同様です。社内を自分たち目線で見渡し、関連部署の意見を聴き、「マネジメント能力が足りないから」といってリーダーシップ研修、「コミュニケーションが足りないから」といってコーチング研修など、研修企画担当という範囲で、あまり体系的とは言えない取り組みに専念していることがほとんどです。

実は私が企業人事の時代も、「人材開発」に対する意識はまさにこのままでした。だから今の立場となって、なおさら強く感じるのですが、“組織人材の高度化”を考えた時、本来の定義での「人材開発」の取り組みは非常に大切です。

「人材開発」というテーマの捉え方をもっと広げ、担当者にも相応の権限を与えて体系的に取り組むことが必要ということです。もちろんそのためには、「人材開発」の本質を理解した専門性を持った人材も必要でしょう。

ともすれば、専門性はあまり必要ないと見られ、社内ローテーションの中で誰かが腰掛けで担当していくような扱いをされてしまう「人材開発」ですが、本来は「企業の人事戦略の中心を担う」という、とても重要な役割です。そのことをもっと強く認識する必要があるのではないかと思います。