2019年3月7日木曜日

「本来の成果主義」には“成果を高めない自由もある”という話


同志社大学の太田肇教授の著書(「承認欲求」の呪縛:新潮新書)の中で、ちょっと気になる記述を見つけました。

承認欲求の負の側面を解説している書籍ですが、そこで「成果主義」について述べている個所があります。
貢献度や業績に応じて金銭的な報酬を支払うのがいわゆる「成果主義」で、それはニンジンをぶら下げて競争させるイメージが根強いが、「本来の成果主義」には、その裏返しの面があると書かれています。それは「自ら成果を落として、それに応じた報酬を受ける自由も含まれている」というのです。

例えば、タクシー運転手や保険外交員など、歩合制で働く人の中には、高給も高評価も不要と考えて、マイペースで働いている人がいるのはその典型だといいます。
自営業の場合はもっと極端で、究極の成果主義で生活している人は、稼ぐもの休むのも自由です。
企業の報酬制度の中に、この「本来の成果主義」の考え方を取り入れれば、過度な重圧や期待から働き手が解放されるはずだと指摘しています。

「本来の成果主義にはやらない自由も含まれる」というのは、私には考えもつかなかったことですが、言われてみれば確かにその通りです。「成果主義」は業績、貢献に応じた報酬ですから、見えないものや潜在的なもの、年令などの属人的なものには左右されない報酬体系です。
あくまで成果に基づいて報酬を得るというだけで、全員が全員でより高い目標を目指すことを押し付けられる必要はなく、それは成果主義ではなく「ノルマ主義」といえるでしょう。

しかし、これも私が自営業だからそうやって共感しますが、企業の中で働いている人にとっては、たぶん簡単なことではないでしょうし、これがマネージャーや経営者となれば、反感を持つ人も大勢いるでしょう。資本主義経済の中で、企業は利益を最大化しなければならないと考えれば、それも致し方ないことだと思います。

ただ、企業の人事や組織作りの中で、最近注目されるキーワードを見ていくと、この「本来の成果主義」の指摘と共通するものが数多く目につきます。
ランク付けを行なう年次評価制度を廃止する「ノーレイティング」は、画一的な規定による序列づけや、他者との比較では正当な評価が難しいということから発想されたものです。チームの中で競争をあおることのデメリットも考えています。

組織階層や指示命令系統を持たない「ティール組織」の概念は、ヒエラルキー組織の限界から、セルフマネジメントや心理的安全性、自律した意思決定を重視しているものです。
「タレントマネジメント」は、個人の適性に注目して、その育成や適正配置をおこなうことで、個人の能力、資質、意欲を伸ばそうとするものです。個人の能力を最大限に引き出すことが目的ですが、今まで以上に社員一人一人に合わせた対応をしようとしています。
「ダイバーシティ」は、多様な人材を積極的に活用しようという考え方ですが、まさに個人個人の様々な価値観を受け入れていこうという動きです。
これらのことは、すべて社員に対してプロフェッショナルを求めていることが共通していますから、会社に求められる水準は必然的に高く、社員にとっては逆に厳しいという面もあります。

こんな流れを見ていると、「本来の成果主義」という考え方も、決してここからずれた話ではありません。
「本来の成果主義」の中には、あえて大きな成果を目指さないという、その人の働き方の自由があります。


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