2013年1月16日水曜日

不祥事と隠蔽体質の関係


企業や学校、行政機関といった「組織での不祥事」がときどき報道されます。

その記者会見の様子などを見ていると、不祥事が発覚してもなお、できるだけ余計なことは言わずにその場をしのごうとする態度が見えたりして、大変腹立たしく思うことがあります。
不祥事そのものが発生する原因、それが大きくなってしまう原因には、この隠蔽体質という問題が大きく関わっているように思います。

このブログでも折に触れて“伝えることの大切さ”について書いていますが、不祥事の様子を見ていると、また改めて情報公開、情報共有の大切さを感じます。

出てくる不祥事のそもそもの始まりは、現場の日常業務の中で起こったことが大半だと思います。始めは小さなことだったのかもしれませんが、どんどんエスカレートして、気づいた時には今さら表に出せない状況になっていたりします。上から隠せといわれている場合もあるでしょうし、現場でわかっていながら放置していたという場合もあります。

誰でも情報が得られるオープンな環境になると、隠し事をしづらくなり、不正や不祥事は発覚しやすくなります。そうなると、日々の業務への取り組みは、誰に見られても問題ないようにしなければなりません。逆に日々の業務に誠実に取り組んでいれば、情報公開がしやすくなるとも言えるので、まさにニワトリと卵のようです。

組織の情報公開は、経営者や校長、首長といった、最上位のリーダーの資質や姿勢に大きく影響されるテーマですが、すべてがリーダーのせいではなく、現場でも日々の業務を誠実にこなし、問題は表に出していく姿勢で取り組んでいくことが必要だと思います。
また、「隠す」という行為に対して仕組みだけ対処しようとしても、なかなかうまくいかないことも多く、やはりそこに関わっているすべての人間の意識というものが重要になってきます。

経営者、責任者、リーダーの立場からは情報公開への意識を持ち、問題があれば表に出てくる雰囲気や仕組みを作って社員、メンバーを教育していく。現場の立場でも当事者意識を持って情報公開や共有に取り組んでいく。その両方の取り組みがあって、初めてオープンな風土の良い組織になっていくのではないかと思います


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