2022年10月17日月曜日

やる気を「出させる」ではなく「出るように仕向ける」

 つい最近もある会社のマネージャーから、「部下のやる気を出させるにはどうしたらよいか?」と質問されました。この手の悩みは、人をまとめたり指導したりする立場の人であれば、誰もが何かしら持っています。

やる気を出させる、モチベーションを高めるなどといって、様々な理論や取り組みが紹介され、その効果はあったりなかったりわからなかったり、結果もまた様々でしょう。この様子からすれば、少なくとも明らかな正解は存在していないことがわかります。

中には「最近の若い者はやる気がない」など、世代論で批判する人がいますが、それは的外れな話です。高齢でも若くても、やる気がある人はあるし、ない人にはありません。また、やる気が出る対象は人それぞれで、身の回りのすべての物事に対してやる気満々などという人は間違いなくいません。興味のあるもの、やりがいを感じるものにはやる気が出て、それ以外のものにやる気が出ることは、たぶんあまりありません。

 

やる気やモチベーションと言われるものの扱いが難しいのは、それが人それぞれの心の中にあるものだからです。「やる気を“出させる”」と言ってしまうと、それはその人の心の中を変えるのと同じことです。

短期間では難しく、それが周囲の思い通りになるとは限りませんし、そもそも変わるのかどうかもわかりません。逆にその人の人生観が変わるような出来事をきっかけに、考え方が急に大きく変わることもあります。ただしそんな出来事は、周りに都合よく起こるものではありません。

 

しかし、だからと言って何もせずに放置していてもよいわけではありません。褒める、叱る、話を聴く、フィードバックする、相談に乗る、寄り添う、その他何らかの働きかけは必要であり、その方法は相手によってすべて異なる多様なものです。

 

「やる気を“出させる”」には、どこか他人からの命令や強制のようなニュアンスが混じってしまいます。相手のことを思っているつもりの行動も、それが相手に伝わらなければ、ただの命令、強制、余計なおせっかいになります。

これを「やる気が“出るように仕向ける”」という考え方にシフトすると、取り組み方も変わってきます。いつ変わるかわからないので、働きかけを継続することが大事になり、相手の気持ち次第なので、その相手に合わせた多様で柔軟な対応が必要になります。

やる気を「出させる」「高める」というより、やる気を「邪魔しない」ことが重要になり、それを削いだり反感を持たれたりする態度や行動を避けることが求められます。

 

やる気を「出させる」ではなく、「出るように仕向ける」と考えたほうが、取り組みや働きかけが望ましい形になります。

植物を芽吹かせるには、適量の水と肥料を一定期間に継続して与え続けなければなりません。中には芽が出ない種子もあるでしょうが、それは水と肥料を与えてみなければわかりません。「やる気」というのは、そんなことに似ている気がします。

 

 

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