2019年2月18日月曜日

スポーツだけでなく会社にもある「練習のための練習」


サッカーのジュニア育成で、トップレベルの経験を持つスペイン人コーチと、スペインでの指導経験が豊富な日本人コーチが、日本の現場で感じたスペインとの違いについて書かれた記事がありました。

指摘の多くは、やはり長時間の非効率な練習に関するもので、例えば、育成年代のトレーニングは週に3回で十分なのに、日本の高校年代では毎日3時間以上しているチームもあると言っています。
また、欧州では15歳くらいまでの子供たちに体力メニューを課すことはなく、ただ長距離を走らせるようなことはしないが、日本では平気で走らせていて、その結果、膝などを壊して辞めてしまう選手が多いと言っています。

挙げられていたエピソードで、この日本人コーチは、スペインでバルセロナ15歳以下の監督が、日本の高校生にサッカークリニックをした時に、通訳として関わったそうですが、選手は集合時間の30分前からグラウンドの外を走っていたそうです。
監督はクリニックに参加しない選手が走っていると思っていたそうですが、集合時間になってその選手たちが集まって来たので驚いたそうです。
監督は「だったらもう練習の必要はないだろう」と言い、「日本人はピアノ演奏のウォームアップにバイオリンを弾くのか? 普通ピアノを弾くだろう。サッカーも同じだ。ボールを使わずに走っても意味がない」と言っていて、この言葉がとても印象に残っているとのことでした。実戦には役に立たない、まさに「練習のための練習だ」という指摘でしょう。

最近、たまたま伝え聞いたある会社の話で、こんなことがありました。
社長の方針で、営業職でも決算書くらいは読めて当然、読めなければならないと、全員に簿記3級の取得を義務付けたそうです。仕事の上では、取引先の与信管理などで決算書を見るときがあり、それをきちんとできる人材が少なすぎるとの指摘だそうです。

通信講座による自主学習で、自宅での勉強時間も申告すれば業務として認められるそうですが、私はこの話を聞いて、企業の人材育成として考えると疑問がいっぱいです。
まず、決算書に関する知識が、本当に営業職の実務上そこまで必要なのかということです。知っていた方が良いのは確かでしょうが、仕事で扱う頻度や内容によっては、中途半端な知識で対応するよりは、専門知識を持った人が担当する方が、間違いも少なく効率的です。全員にまんべんなく、学ばせる必要があるのだろうかと思います。

簿記検定を自主学習でとらせるという方法も気になります。勉強内容が実務に沿うものなのか、勉強方法は効率的で適切なのか、そこまで多くの時間とコストをかけることの妥当性があるのかが疑問です。
私は学習内容の必要性と、掛ける労力とコストとのバランスを欠いているように思います。「ピアノの練習をバイオリンでやっていて、しかも結構高価なバイオリンを使っている」という感じで、実務との関連が薄いとなれば、やはり「練習のための練習」です。
もちろん、部外者にはわからない事情があるかもしれませんが、教育内容が「資格取得」「全員一律」「実務と離れたテーマ」というとき、何かしら偏った考えが潜んでいるのが、私が今まで経験してきたことです。

人材開発において、学習の70%は「実際の仕事(経験)」、20%は、「他者との社会的なかかわり(人を介した学び)」、10%は、「公的な学習機会(研修)」によって起こるという「70:20:10フレームワーク」と言われるものがあります。
やはり実務、実戦の中で学ぶことが最重要であり、研修などはそれらとの重なりが大きいことや結びつきの強いことが必要です。

日本のスポーツ界で、短距離選手がマラソンをしているような練習が未だにあるようですが、これは企業にも似たようなことがあります。休まない、時間の使い方が非効率といったところも似ています。
このあたりに起因する「練習のための練習」は、排除していかなければなりません。

2019年2月14日木曜日

「世代の違い」をつなぐための相手への理解と敬意


最近あった話題ですが、テレビ出演も多い若手社会学者とメディアアーティストや大学教授などの肩書を持ち、有能と評価される若手研究者の対談記事があり、その中で社会保障費削減のため、高齢者の「最後の1カ月の延命治療」をやめるなど、コスト削減という視点で終末期医療や安楽死が論議されていたことが、いろいろなところで取り上げられて議論になっていました。

「社会保障費(特に医療費)は、終末期医療、特に死の1か月前に多くかかっているので、“最期の1か月の延命治療”をやめれば、社会保障費減額への効果が大きい」
「終末期医療の延命治療を保険適用外にしたり、コスト負担を上げればある程度解決するんじゃないか」というような話がされ、「ある世論調査では、日本人の7割は安楽死に賛成している」といった言及もありました。

これについては多くの批判が寄せられたようで、「人間の生と死についての見方が、あまりに浅薄」といった心情的なものや、具体的な数字を挙げて、「“最期の1か月”の医療費に限定すれば全体の3%程度にすぎず、削減効果は少ない」という反論記事や、「そもそも“最期の1か月”は結果論であり、そこだけを切り取ることに意味がない」「延命治療を明確に定義することはできない」といったものがありました。

私自身はすでに両親ともに亡くなった立場ですが、その経験で言えば、“最期の1か月”は全然予定できないし、いったいどの治療が延命に該当してしまうのか、その切り分けもできません。
対談記事で医療費に関する事実認識が少し違っていたことも含めて、その内容には賛同できませんでしたが、もし自分が彼らと同じ年代の頃だったとしたら、年寄り優遇で若者は搾取されているとの認識で、同じような考えを持ったかもしれません。“最期の1か月”の実態を経験しなければ想像がつかなかったでしょう。
この対談は、異なる世代の立場が理解しきれないがゆえの発言という感じがします。

また、もう一つの話題として、某財務大臣が自身の地元の会合で少子高齢化について触れ、「社会保障費が膨らんでいるのは高齢者が悪いのではなく、子どもを産まなかった方が問題」と発言したという報道がありました。
子供を育てやすく、産みやすい環境作りをするのが国の役割なのに、責任ある政治家がこれでは問題が解決するわけがないと批判されて発言は撤回されましたが、同じようなことを何度も言っている人なので、たぶん本音は変わっていないと思います。
これも子育て世代の大変さを理解していない高齢者世代の一方的な考えで、同じく異なる世代の立場が理解しきれないためと感じます。

ある著名コンサルタントの記事で、「年下上司」と「年上部下」が気持ち良く働く方法として、年下上司は「年上に敬意を払って偉そうな態度を取らないこと」、年上部下には「年下でもあくまで上司として接すること」とありました。お互いが相手の立場や経験に、理解と敬意をもって接するのが、円満な関係の秘訣ということです。
必ずしも世代間の問題とは限りませんが、考えてみればパワハラやクレイマーのような問題も、相手への理解や敬意のなさから起こるものです。

相手の事情をすべて理解することはなかなかできませんが、「何か事情があるのではないか」「何かできない理由があるのではないか」と、敬意をもって接することは誰にでもできます。
人間はどうしても、自分の周りの見えていることだけで物事の考えがちであり、さらに自己主張が大事だという風潮なのか、その傾向が強まっている感じがします。

世代の違いというのは、決して埋められない溝があるのは確かですが、その違いをお互いが理解して敬意をもって接すれば、円満な関係を築くことはできます。
企業をはじめとして、あらゆる組織で考えていかなければならないことだと思います。


2019年2月11日月曜日

「出戻り社員」を歓迎するならやっておいた方が良いこと


ここ最近、一度退職した会社に再び戻って入社する「出戻り社員」が増えているそうです。
ある調査によれば、「一度退職した社員を再雇用したことがある」と回答した企業は72%に達し、これは2年前よりも5ポイント高くなっているそうです。

背景にあるのは、人手不足による人材獲得競争の激しさで、多くの企業が優秀な人材を求めて、特に中途採用活動を拡大していますが、なかなか採用できないことに加えて、やはり採用して見なければわからないミスマッチも多く、うまく定着しないことに悩む企業も多くなっています。

ここで注目されるのが、社風、働きぶりなど、お互いの素性を知り合っている「出戻り社員」です。他の会社の空気を吸った経験があり、それでも元の会社に戻ろうという決意は、それまで以上に会社にコミットし、仕事に熱心に取り組んでくれるという期待ができます。

私ももう20年近く前の企業勤務の時代に、「出戻り社員」を何人も受け入れた経験があります。メリットとして考えていたのは、今になっていろいろな会社が考えていることと同じで、会社の良いも悪いもわかった人が戻ってきてくれるのが、会社にとっては最高の即戦力と考えていたからです。

その当時でも、「出戻り社員」を受け入れる会社はあるにはありましたが、退職は「縁切り」「裏切り」と捉える会社もまだ多く、今のように合理的に考える風潮ではありませんでした。
そんな頃に「出戻りOK」のさらに上をいく「出戻り歓迎」で活動していましたので、うまくいかなかったケースも含めて、話を聞いてくれたり向こうからアプローチをしてくれる元社員は何人もいて、「出戻り」に関しては、まず会社がどういう姿勢を見せていくかが重要だということを強く感じていました。

実際に「出戻り社員」に聞くと、やはり一度辞めた会社に対して、自分の方から「出戻り」を言い出そうと思うことはなく、声をかけてもらったことや、制度があったことで、出戻りに対する心理的なハードルが下がったと言っていました。

前述の調査では、72%が「出戻り社員」を受け入れている反面、具体的な制度を設けている会社は、まだ8%しかないそうです。さらに制度の中身も、結婚や出産、育児、介護ほか、家庭の事情で退職した者に対象を限っていたりします。
転職などの自己都合退職も認めるようにしたり、退職理由自体を不問にしたりする動きも出てきているようですが、それでも退職後の期間を制限する例が、まだまだ多いとのことでした。

私の考えは、これからの人材市場を考えても、「出戻り歓迎」からさらに進めて、「”出戻りたいと思われる会社”にするにはどうするか」というところまで考えていく時代になっていくと思っています。
少なくとも「出戻り歓迎」という姿勢を対外的にも示す必要があり、そのためには、制度の形にきちんと組み立てて、出戻りを考える人からもアクションしやすい環境を作っておくことが重要です。

「出戻り」は、少し言い方を変えると「復縁」ですが、それを望んでいるかどうかわからない相手に自分から持ち掛けるのは、とても勇気がいることです。自己都合で転職するなど、自分の意志で退職したような過去があれば、なおさらでしょう。

もしも、「出戻り社員」を即戦力として、積極的に受け入れていこうという考えがあるならば、そのための制度を作って会社の姿勢を見せていくべきです。さらに対象者についても、よほど円満退職ではなかった場合を除き、制限は少ないに越したことはありません。

「出戻り社員」が増えているとは言いながら、まだ手探りでおそるおそるという部分が見られますが、たぶんこれからは、そのメリットを評価する動きが強まっていくのは間違いありません。他社に先駆けた早い動きが望ましいと思います。