2019年7月18日木曜日

「苦手な仕事」「やりたくない仕事」にどうかかわるか


ある会社の部長が、どうしても苦手でやりたくない仕事があるそうです。
「部長になればそんなことがあるのは当たり前」「ゴチャゴチャ言わずにやればいい」と言ってしまえば身も蓋もありませんが、本人にとっては相当切実なようです。

こうなった時にできることは、三つほど考えられます。
一つ目は、自分が我慢してやることです。それだけでは何も変わらないので、最短時間で終われるように効率化する、気分を変えたりスキルアップしたりして、苦手意識でなくすことなどはできそうです。
ただ、苦手なことを嫌々でやる限り、それほど良い成果は見込めないでしょう。

二つ目は、他にやってくれる人を探すことです。部長であれば誰か部下がいるでしょうから、この方法が一番実現性は高そうです。
ただし、指示した部下にはそれなりに納得してもらう必要があります。「部長の指示だから仕方がない」「自分のためになりそう」「そんなに嫌な仕事じゃない」など、納得してくれる理由は何でもいいですが、少なくとも部長からは何らかの説明をしなければなりません。
これは理屈が合っていれば良いというものではなく、納得のためには共感してもらうことが必要です。「自分が苦手なので頼むよ」でも「君の経験にとってプラスだよ」でもいいですが、そこには部長に対する尊敬、信頼、親近感など、何かしら部下が認めた人間性が必要です。そんなことは無視して、権威で抑えてつけてやらせる方法もありますが、強制は確実に反発を生みますから、あとから困ることが出てきます。
だからと言って、下手に出ても、必ずしも共感されるとは限りません。警戒されたり軽蔑されたりすることもあり、こればかりは部長の日ごろの行動と人間性次第です。

また、自分にとっては苦手なことでも、それが好き、得意という人は必ずいます。そういう人を身近に見つければ、説明の労力は軽くて済みます。そもそも、苦手な人にやらせても成果は出ませんから、より良い人を適材適所で考えるのは、部長の役割としては普通のことでしょう。

三つめは、その仕事自体をなくしてしまうことです。実はもともと優先度や必要性が低い仕事かもしれませんし、その仕事をやらない代わりに、何か違う対応をすればよいことかもしれません。それを考えたり調整したりすることは、部長クラスであれば普通にやることですし、十分可能なことでしょう。

このように、「やりたくない仕事」「苦手な仕事」への向き合い方には、いくつかの選択肢がありますが、この部長の問題は「愚痴を言いながら我慢してやる」という以外に何もしていないことです。ああだこうだと言いながら、基本的に無作為です。

これが一般社員であれば、権限もありませんから、何もできないのは仕方がないところもありますが、最近は新入社員であっても、自分が指示された仕事に関する意義の説明を上司に求めます。ちょっと古い世代の上司は、「黙って言われたことをやればよい」などと不満を言いますが、他人の指示で動かなければならないことを、説明を受けて納得したいと考えるのは自然のことです。少なくともそうやって自分から行動しようとします。

しかし、この部長は自分から行動しません。ただし、それは行動力がないというよりは、別の選択肢を持っていないからのようにも見えます。部下との信頼関係や周囲との関係、調整能力といったところがあまりないようです。
しかし、それは結局日々の仕事ぶりの積み重ねの結果として起こっていることです。たぶん同じような無作為、無責任といったことが他の様々な場面でもあったはずで、周囲からのサポートを受けにくい立場を自分で作ってしまっていたのではないでしょうか。
特に、部長として、ほぼ通常のマネジメントにあたる二つ目の対応をしないのは、何か相当な事情があるか、それとも能力が不足していることしか考えられません。

いずれにしても、自分に困ったことが起こる原因は、自分自身で作り出していることがあります。そこでは「自ら行動しない」ということが、意外に大きな位置を占めているように思います。

2019年7月15日月曜日

「食事時間」を大切にする人と粗末にする人


つい先日ですが、ちょうどお昼時、最寄り駅ホームのベンチで、たぶん大学生くらいの年代の女性がカップ麺かみそ汁のようなものを食べています。手にお箸を持っていたので、その姿がちょっと目についてしまいました。
電車が来て、彼女も電車に乗り、そのまま食事を続けています。時間がないのだとは思うものの、食事くらいはもう少し落ち着いてすればよいのにと思ってしまいました。

それから2、3週間後、同じくらいの時間帯に、同じ駅の同じ場所で、同じ女性がやはり何か食べていました。同じく電車で移動しながらの食事です。前の記憶があったので、ついまた目がいってしまいましたが、たぶんこの人のお昼時の食事は、こんな感じが多いのかもしれません。

最近はタピオカドリンクがブームですが、その一因に「三食文化の崩壊」があるとの記事を目にしました。一日三食の概念が消え、空腹になったときに好きなものを食べてお腹を満たすそうで、食事かお菓子かわからないもので済ますことも多く、そんなところにタピオカドリンクがマッチしているそうです。
生活リズムは人それぞれですし、一日三食が絶対の正解ではありませんが、食事時間や栄養バランスなど、食事に関する意識の優先度が下がっている様子が見られるように思います。

あるところで、「仕事ができる経営者は食事時間を大切にする」という話を聞きました。どんなに忙しくても食事時間をスケジュールに入れて、状況によって少し時間をずらしたり、すぐ食べられるようにお弁当を用意しておくなどの工夫をして、食事を抜くようなことは絶対しないといいます。

私自身は仕事ができるとかできないとかに関係なく、生活の中で食べることの優先度が高いので、よほどの体調不良か人間ドックの時くらいしか、食事を抜くことはありません。空腹では頭も体も働きませんし、何より「きちんと食事をしないのは健康に悪い」との意識が強いせいもあります。掃除や洗濯はしなくても死なないが、食事をしないと命にかかわると思ってしまいます。
そんな価値観なので、「食事時間を大切にする」ということには共感します。

私の周りにいる経営者にも、食事時間を粗末に扱う人はいます。「忙しくて食べる暇がなかった」と、なぜかちょっと自慢げにいう人や、そもそも食べることに興味がなくて、食べたとしてもいつも一人で時間はバラバラ、毎回似たようなものを機械的に食べている人もいます。個人の嗜好や価値観もあるので、仕方がないところもあるでしょう。

ここからは私個人の経験で、少し偏見が混じった主観ですが、私が今まで出会ってきた経営者の中で、こうやって食事を粗末にする人は、ほぼみんなあまり仕事がうまくいっていませんでした。
この「仕事がうまくいかない理由」として思っているのは、「食事をすることは人が生存する上で最も基本的な自己管理」だからです。食欲は生命維持に必要な最も基本的な欲求であり、生きる上での本能です。これが失われているということは、生命力が弱っているか、ちょっと大げさに言えば、生命維持を放棄していることで、それほど基本的な自己管理がされていないことになります。

ちなみに、「食べすぎも自己管理不足だ」などと言われるかもしれませんが、食べられるときに食べてため込むのは、飢餓に備える生き物の本能なので、少なくとも生命力は十分にあるといえます。
また、金銭的に厳しくて食べるに食べられないなど、困窮した話はごくまれに聞いたことがありますが、これは食べること自体には執念があるので少し事情が違います。その後に事業が好転することがあり、生きる力を感じました。

こんなことから、食事の認識と仕事ぶりとは、どこかで通じるものがあると思っています。自己管理の甘さにつながっているとすれば、やるべきことをしなかったり後回しにしたりということが起こります。

健康上の問題などがある人はともかく、そうでない人が「食事時間」を粗末に扱うのは、それが生活全体のルーズさに波及し、仕事にも当然影響します。
やはりいい仕事、いい生活のベースとして、食事時間を大切にすることは、考える必要があるのではないでしょうか。

2019年7月11日木曜日

「新卒の給与1000万円」で気になること


世界的にIT人材の獲得競争が激しくなる中で、NECが新卒でも1000万円以上の報酬が得られる人事制度を導入するという報道がありました。
研究職と技術職については基本給を引き上げてボーナス上限を撤廃し、評価次第で新卒でも給与が1000万円を超える可能性があるとのことで、学会での論文発表や、すでに起業して業績を上げているなど、評価できる実績があれば対象となるそうです。

また、回転寿司チェーンのくら寿司でも、入社1年目から年収1000万円の幹部候補生を「エグゼクティブ採用」として募集するという話がありました。年齢制限や必須資格などの条件があり、最大で10名を採用する予定とのことです。

どちらも一般的な新卒の初任給の枠から外れた処遇ですが、特に海外の優秀な若手人材を採用しようとすると、日本の平均的な給与水準では、そういった人材を集められないのが最近の実態です。
少し前には、ユニクロを運営するファーストリテイリングが、来春入社する新入社員の初任給を2割引き上げるという話題がありましたが、こちらの理由も海外人材の獲得とのことで、従来の新卒採用の枠組みを維持しながら、精一杯の対応をしたということでしょう。

中国のIT企業の日本法人が、大卒初任給で40万円以上を提示して話題となったことがありましたが、グローバル展開をする企業ではごく普通の給与水準で、技術系社員では50万円を超えることも珍しくありません。
こういう話を聞いてしまうと、直近で日本企業は空前の好業績などと言っていたのは、社員の給料を値切ったおかげのように思えてしまい、ちょっと考えてしまいます。

それはさておき、この新卒でも高い処遇を得られる制度は、特にグローバル展開する企業では、私は取り入れるところが増えていくのだろうと思います。
世界的にも雇用主と従業員の力関係が逆転したなどと言われ、優秀な人材の獲得競争は激化していますから、そうなるのは市場原理として当然です。年功序列の発想がまだまだ強い日本企業が、いったいどこまで対応できるのかはわかりませんが、たぶん「特別な採用枠」のような扱いで進めていくのでしょう。

そうなると、今までのような社員採用というよりは、プロアスリートのスカウトやドラフトに近いイメージになってきますが、そこでの課題は大きく二つ考えられます。

一つは、その対象になる優秀な人材に対して、給料が際限なく高騰していくのではないかということです。これがプロアスリートの場合であれば、契約金や年俸で何らかの上限が決められていますが、ビジネスパーソンの場合、それは簡単ではありません。高騰が止められず、代わりにその他大勢の普通の社員たちの給料が抑えられる可能性があり、そこから適正レベルといえないほどの差がついていくかもしれません。それはいろいろな不信や不満につながる恐れがあります。

もう一つは、どんなに優秀な人材でも、新卒レベルではやはりポテンシャルを見なければならないことで、高待遇で迎えたなりの効果が得られるのだろうかということです。
プロアスリートであれば、プレーしている様子を常に観察して、定量的に評価できる成績やデータがあり、その上で将来性を判断して入団交渉などをしますが、ビジネスパーソンではそうはいきません。能力と仕事の合致度合いは数字で評価するのは難しいですし、環境その他による変動要素が非常にたくさんあります。

また、プロアスリートの場合でも、同じくプロフェッショナルのスカウトが長年追いかけて見続けて、データも蓄積していけると判断して、それでも芽が出ないアスリートもいる訳です。これがビジネスパーソンとなると、さらに不確実性が大きくなるでしょう。
実際、くら寿司では、「入社しても日が浅い段階で辞めていくリスクはあり、定着するかどうかは入ってみないとわからない」「一定数は定着してくれるのではないかという淡い期待は持っている」と言っています。できることは「人を見る目を磨くこと」くらいしかありませんが、将来のことがわかるのは、正直神様くらいしかいません。
このように、人材の見極めには限度があり、それも含めてどこまでやるかでしょうが、今までやってきた通常の採用活動のイメージがついてしまっていると、切り替えることもなかなか難しさがあるでしょう。

私は、処遇に柔軟性を持たせて、その人材レベルに合わせて対応するのは必要なことですし、良いことだとも思っています。ただし、そのデメリットはいろいろ気になります。企業が人の集まる組織である限り、大きすぎる格差はあまり好ましくない反応が出ます。
平均値を高めながら一流人材にも対応するような、そんな全体のバランス感覚が必要だと思います。