2017年10月16日月曜日

社内の不正は“隠せてしまうから隠す”ようになる



神戸製鋼所で製品の品質データの改ざんが明るみに出て、内部調査が進むほどに関連製品や関与した部署やグループ会社の範囲が拡大し、新たな改ざんが発覚してくる状況となっています。

社長の会見の様子を見ていて、あくまで私の個人的な印象ですが、何となく言い訳が多くて反省している感じには思えず、過去にも同じような不正があったことを見ていても、このあたりの原因が組織風土にあったと言われても仕方がないと思います。

日産自動車でも無資格者による検査という不正がありましたが、このような社内での不正や隠ぺいというのは、その程度の大小はあるものの、私が見てきたどの企業でも必ず何かしらの問題がありました。
製品やサービスの品質にかかわる問題、顧客からの信用にかかわるような大きな問題もありましたが、それに関与したとされる社員のほとんどには悪意がなく、指摘されて本気で慌てたり、茫然としたり反省したりという人が大半でした。
要は自己判断もしくは一部の人たちの判断によって、「特に問題にはならない」「あえて表沙汰にしなくても自分たちで処理できる」と考えていたということです。

確かに組織風土の問題、マネジメントの問題ではありますが、なぜ不正や隠ぺいが起こるかと言えば、端的に言えば「それができてしまうから」ということです。「隠せてしまうから隠す」のだと思います。
やはり人間の心理として、自分のミスは指摘されないですめばそうしたいと思うでしょうし、手抜きや甘さが許されれば、そちらに流されてしまう人はたくさんいるでしょう。

ではどうすれば隠せなくなるのかと言えば、結局は「複数の目でチェックする」「情報公開と共有で不正やトラブルが見つかりやすくする」「システム化、仕組み化で改ざんできなくする」といった基本的なことです。「性善説」ではなく「性悪説」に立って管理する仕組みを作るということになります。
人がたくさんいる前、防犯カメラの目の前で盗みをする人は少ないように、当事者にとって発覚する可能性が高いと思われれば、ほとんどの不正は行われなくなるでしょう。

だからといって、これを100%の形で行うのは、こちらもまた簡単なことではありません。社長が不正や隠ぺいの先頭に立ってしまえば、それが社外の関連先にでも漏れない限りは絶対に発覚しませんし、かなり細かい管理の仕組みを持っている企業でも、組織の上席に近い人が関与すれば、不正も隠ぺいも可能になってしまいます。すべて「性悪説」で組み立てると、管理コストは高くなり、組織の柔軟性も失われます。どんな対策をしても盗みを100%防げないことと同じで、どこかに「性善説」による人への信頼がなければ、組織はうまく回りません。

ある社長に聞いたことですが、その会社はかなり詳細なマネジメントの仕組みと決まりごとがありますが、店舗で直接現金を扱うので、店の責任者が悪意を持って振る舞えば、どうしても不正行為の余地はできてしまうとおっしゃっていました。
そうなると、チェック方法や仕組みだけでなく、責任者の真面目さや信頼度も考慮しなければなりませんし、そもそも真面目だった人がたまたま借金を背負ってしまって不正に走ってしまったなどという例もありますから、やはり完全な対策というのはありません。

そうはいうものの、神戸製鋼所の様子を見ていると、過去から不正を気にしないような体質があるようにも見えますし、やはり対応や対策が足りなかったことは間違いありません。
基本的なことを組み合わせて対策していくしか方法はありません。今後の成り行きを見守りたいと思います。


2017年10月13日金曜日

「競争すること」への得意・不得意で思うこと



ファッション通販サイト「ZOZOTOWN(ゾゾタウン)」の運営会社であるスタートトゥデイでは、社員の基本給とボーナスは一律で、違うのは役職給だけという給与制度が話題となりました。
「よけいな社内競争をせず、お客をどう喜ばせるかを考えることに時間を使ってほしい」という社長の思いから始まった制度だということです。

競争ということに関して言えば、そもそも日本人は本質的に「競争が嫌い」ということが言われます。聖徳太子の「憲法十七条」にある「和を以て貴しとなす」という言葉に代表されるように、古くから争いを避けることを良しとする考え方があったのは確かなようです。
例えば、「士農工商」のような身分制度も、上にも下にも行けないということで争いが起こらない基盤となっていたという話を聞きますし、そう言われると、近年までの企業の終身雇用や年功序列も、どちらかといえば競争を避けるような考え方とも思えます。

しかし、そうは言っても、資本主義経済の中であれば競争が必須ですし、働く人のほとんどが、社内でも社外でも何らかの競争の中にいるはずです。好むと好まざるとにかかわらず、みんなが競争にさらされています。

私がこれまでいろいろな企業の経営者や社員の方々に接してきた中で思うのは、企業の中での出世組や勝ち組と言われる人の方が、競争が好き、もしくは得意という傾向が強いということです。
ただ、そう言う人が全体の中での多数派かといえば決してそうではなく、あまり好きではないもしくは得意でないという人が、嫌々でも仕方なく競争の中に身を置いているように見えることは数多くあります。具体的な比率はわかりませんが、「日本人は競争が嫌い」と言われると、確かにそうかもしれないと思うところはあります。

ここで私自身のことで言えば、私は「競争が嫌い」というより、どちらかといえば「競争に興味がない」といった方が正しいです。スポーツの試合などでは結構負けず嫌いだったりしますが、これが仕事に関わることとなると、他人や周りがどうこうというより、結局は自分次第という意識の方が強く、競争意識はほとんどありません。「人は人、自分は自分」というような考え方です。
資本主義的な価値観からすれば、特に経営者、事業者がそれではダメなのでしょうが、こればかりは持って生まれた性格もあるので、簡単に変わるものではありません。

私と同じような人ばかりではないと思いますが、それでも「あまり競争をあおられても気乗りしない」「競争することに意義を感じない」といった人も含めて、「競争は得意でない」「競争は苦手」「競争は嫌い」という人は、意外に多く存在するのではないかと思っています。

私も人事が専門なので、仮にこのような前提があったとして、ではこういう人たちをどんな形でモチベートしていけばよいのかということをいろいろ考えてしまいます。
競争相手は日本人ばかりではないので、この国際競争にはそこそこ勝ちながら、日本人同士の競争は過度にあおらず、多くの人が気持ちよく働くことができる環境となると、これはそう簡単に実現できるようなことではありません。
「ZOZOTOWN」の給与一律というのは一つの考え方ですが、それだけで意欲が湧くとも思えませんし、これも過剰になると社会主義的といえなくもないですし、破綻してしまう恐れがあるでしょう。

「競争が好き・得意な人」から「競争が嫌い・苦手な人」を見ると、その人を無能だと思ってしまうことがあるようですが、決してそうではありません。競争心などがなくても立派な仕事をする人は大勢います。

これらのことについて、私の中ではまだ明確な答えはありませんが、少なくとも競争原理だけではない何かの価値基準を見つけなければいけない時期になってきているのではないかと思っています。
答えが見つかるまでには、まだ当分考え続けなければいけないようです。


2017年10月11日水曜日

小国が躍進した要因は「指導者育成の強化」が大きかったという話



サッカーのロシア・ワールドカップ欧州予選で、アイスランド代表が出場を決めたというニュースがありました。アイスランドは人口が約33万5000人という小国で、その人数は新宿区の人口とほぼ同じなのだそうです。
これまでのワールドカップでは、2006年の大会に出場したトリニダード・トバゴが、人口130万人で最少国での出場でしたが、アイスランドはこの記録を塗り替えたということです。

アイスランド代表は昨年の欧州選手権(EURO2016)でも本選に進んでいて、近年の躍進が注目されていますが、その理由として挙げられているのは、「指導者育成」に力を入れてきた成果だということでした。

アイスランドのサッカー協会に選手登録されているのは、男女合わせておよそ2万人ということで、これは世界で最も少ない国の一つだということですが、欧州連盟公認のコーチングライセンス取得率が国民500人に1人と非常に高いのだそうです。
ちなみのサッカーの母国と言われるイングランドでも、この割合は約1万人に1人の割合だということで、アイスランドがいかに指導者育成に力を入れているかということがわかります。ここで育成された優秀なコーチたちが、選手の育成年代から指導にあたっているのが近年の躍進につながっているということでした。

小さな企業や組織が大企業や大資本に対峙するためには、人材育成が重要であるという話はよく聞くことだと思います。
このアイスランドの話も、広い意味では人材育成の重要性を示しているわけですが、この「指導者育成」という点に力を注いでいるということでは、今まで言われてきた人材育成とは少し違いがあるという感じがします。

例えば企業の人材育成であれば、どんな人材に何を教えるか、どんな教え方をしていくかという「育成される側」に関する話はよくされますが、上司や先輩、場合によっては研修講師などが担う「指導者」について注目することは少ないと感じます。

企業内で成果を上げている人が必ずしも良い指導者とは限りませんし、組織の優秀なリーダー、マネージャーには多くの役割がありますから、部下育成や指導だけに注力することはできません。また、自分が指導者という立ち位置で、具体的な部下指導の仕方を学ぶ機会もそれほど多くはないでしょう。社外の研修機関や専門家などに頼っても、継続的な指導や各自の特性に合った個別指導を受けることは難しいでしょう。

ただ、このサッカーのアイスランド代表の例を見ていると、優秀な人材を育成するには、優秀な指導者がいればこそということがわかります。
特に小さな企業や組織が生き残っていくためには、人材を育てることが重要であり、優秀な人材を育てるためには、優秀な指導者も育成しなければならないということを、あらためて意識して見る必要があるのではないかと思います。

「優秀な人材」を育成するために、「優秀な指導者」が必要なのは確かなことです。