2022年7月25日月曜日

すぐには変わらない、変えられない理由

正月恒例のスポーツイベントとして有名な「箱根駅伝」の予選会への参加資格が、再来年の2024年が100回大会ということで、これまで関東の大学だけだったものが、地方大学を含めた全国に拡大するそうです。

多くの大学に出場できるチャンスが生まれることで注目されますが、くわしい話を聞いていると、どうもそれほど簡単なことではないようです。

 

まず、他の大学駅伝では、1区間の距離が平均7~13キロ程度で区間数が6~8区間なのに対し、箱根駅伝は平均21.7キロが10区間と走る距離と人数が倍増するため、長い距離を走れる選手を大勢育てなくてはならなくなります。練習の量と質を大きく上げる必要がありますが、地方大学ではそれについてこられない選手が多いとみられます。

また、100回大会に出られるのは今の高校3年生までになりますが、有望な高校生はすでに関東の大学に進路が決まっており、さらに「全国化」がその後も継続されるかは決まっていないため、地方大学に人材が集まる見込みは今のところありません。

選手育成に関する時間的な余裕がなく、選手のスカウティング、コーチなどの指導体制作り、費用面のやりくりなどが地方大学では難しく、さらにそれぞれの大会の日程面での問題もあるそうです。

 

地方大学に参加資格が広がったといっても対応は難しいとの見解が現場の指導者から出ており、「5年前に言ってくれたら・・・」との話もありました。全国の戦力が拮抗するようになるには、継続した取り組みが必要とのことです。

参加資格の拡大によって、「全国の競技レベルを上げる」という意図や目的は素晴らしいですが、実現するためには相応の時間がかかり、すぐには変わらない、変えられないということが見えています。

 

これは、企業の人事施策に置き換えても、同じことが言えます。

変革のためには「人材」と「組織」が必要で、人材は「獲得」することと「育成」することが必要で、どちらを進めるうえでも中長期の展望」と「時間」が必要です。

 

しかし最近は多くの取り組みの中で、この「中長期の展望」と「時間」が特に不足していると感じることがあります。先行きの展望をあまり持たず、目に見えるすぐ目先のことを重視して、とにかく時間をかけずにスピードを求める傾向です。

変化が激しく先が読めない時代なので、短期視点でのスピード重視は理解できることですが、だからといって先の見通しがなくても良いということはありません。また、仕事が早いに越したことはありませんが、最低限の質を保つために必要な時間はあります。

特に人材育成では「○○までに○○を身につけろ」と言っても、必ずできるようになるとは限りません。人が何かを身につけるには、相応の時間を見込んで所定のプロセスを踏み、状況によってそれを見直しながら進めなければなりません。効率的な育成方法は考えなければなりませんが、今日ゼロだったスキルが、翌日100%になることはほぼありません。

 

取り組みに見合った「中長期の展望」と「時間」がなければ、物事はなかなか変わらないし、変えられない状況に陥ります。特に人材育成など「人」にかかわることでは、スピード感と必要な時間のバランスを取ることが大切でしょう。

 

 

2022年7月18日月曜日

「面倒見の良さ」と「おせっかい」の境目

 

特に若手社員を育てる中で、「面倒見が良い人」の存在は重要です。

大企業であれば、それなりの体制を作って、それぞれの社員に対して過不足がないような組織的な育成ができますが、中小企業ではなかなかそうはいきません。

 

そんな中で、人材育成に長けた企業には、その役割を担う「面倒見が良い人」「育てるのがうまい人」が必ずいます。属人的になるのは良いこととは言えませんが、スポーツの世界でも「名選手、必ずしも名監督にあらず」などという言葉があるように、仕事のできる人が教え上手とは限りません。

逆に選手や育成環境が変わっても必ず成果を出す指導者がいて、その人の指導を受けたい選手が全国から集まってきたりします。人材育成は指導者個人の力に左右されがちなところがあります。

 

「面倒見が良い人」は、一般的には「世話を焼くのが好きな人」や「人に気配りをしたり、助けたりすることが上手い人」をいいます。多くの中小企業では、この適性を持った人を念頭に、新人や若手社員の指導役を探します。人を教える、育てるということに関しては、やはり人によって向き不向きがあると感じます。

 

「面倒見の良さ」が重要だとは言うものの、それが行き過ぎた「おせっかい」と思われるような指導を目にすることがあります。

ある会社で目にしたことで、指導役は40歳代の女性社員でしたが、その指導している様子はまるで「お母さん」でした。

常に相手の様子を見ながら世話を焼き、手助けをしていることは良いのですが、段取りは全部自分が決め、仕事の進め方や手順を事細かに指示しています。自分の指示と違うやり方は、間違っているとは言えないことでも逐一修正しています。教えられる側は、何も考えずに指示に従っていれば、とりあえず仕事はうまくいくわけですが、それでは仕事が自分の身についたとは言えません。

女性社員は、周りから「教え過ぎ」「もっと自分で考えさせなければ」などと助言されていますが、教え方はどうしても直りません。

 

そんな指導方法を息苦しく感じるのか、一部の新入社員や若手社員からは不満の声が出てきます。「違うやり方を提案しても聞く耳を持たない」「もっと効率が良いやり方があるのに認めようとしない」などというものです。

ただし、その細かな指導が合っている人はいます。自信がない人、考えることが苦手な人、従順に従うタイプの人などは、わりと好ましく思っている様子です。逆に自分なりに考えている人、自律心の強い人、常により良い方法を探しているような向上心がある人などは反感を持ってしまうことがあり、中には辞めてしまう人も出てきます。教え方が「おせっかい」ととらえられているように見受けられます。

 

この「面倒見の良さ」と「おせっかい」の境目はどこにあるのかを考えると、それはそれぞれの人の心の中にあります。要は個人の主観だということです。

すべてを事細かに教えてもらえるなら、自分で考えて試行錯誤する必要はありませんし、失敗も少なくて済みます。あまり不安を持たずに仕事に取り組むことができます。

一方、教え過ぎと感じる人にとっては、やり方を押し付けられ、自分の考えを否定された形となってやる気が出ません。試行錯誤も重要な経験と考える人にとっては、初めから一つの答えを押し付けられる状態は、まったく好ましいものではありません。

この感じ方は、教えられる側の依存心と自律心のバランスによって変わります。

 

面倒を見ようとしない「放置」でも育つ人はごくまれであり、これが指導役に「面倒見の良さ」が求められる理由ですが、これが行き過ぎると「おせっかい」となり、そう感じやすいのは、どちらかと言えば自律的な行動を取りたがる人たちです。企業にとってはたぶん優秀と位置付けられることが多い人材でしょう。

 

適切な難易度を考慮して「どこまでやれるか」を明確化し、ヒントを与えて本人に考えさせ、その結果を尊重して仕事に取り組ませることは、人材育成の進め方としては重要です。

その人の性格、能力、適性に合わせた指導が必要であり、もし「おせっかい」と言われてしまったとすれば、その人に合わせた指導ができていない証明となります。

「面倒見の良さ」と「おせっかい」の境目は、教えられる人の感じ方次第です。

 

 

2022年7月11日月曜日

自分の存在意義と人材育成

企業の人材育成は、どこでも常に課題に挙げられるものです。しかし、「順調」「うまくいっている」という企業は決して多くはありません。

指導者や育成環境が重要だと言われる一方、恵まれない環境であっても自分の力で成長していく人材がいます。指導者のおかげなのか、環境が良かったのか、それとも本人の実力なのかを明確に切り分けるのは難しいことです。

「採用基準が低い」「教え方が悪い」など、人材育成がうまくいかない責任をなすり合う様子を目にしたことがありますが、そもそも企業の中にそういう姿勢があること自体、人材育成に好ましい環境とは言えません。

 

優秀なアスリートがあるコーチのもとからは次々と育つことや、優秀な人材を輩出し続ける教育機関があることを見ていると、やはり人の成長はその人の能力だけの問題ではないことがわかります。企業の中でも、配属した新入社員がいつも辞めてしまうような部署がある一方、能力的に厳しいかも知れないと思うような人材でも、一定の戦力になるまでしっかり育てあげる部署もあるように、教える人や環境、任せる仕事内容などによって、人材育成の成果は大きく左右されます。

まずは教えて、やらせてみて、フィードバックするということを繰り返さなければ、人は育ちません。

 

最近ある会社で、自分の仕事を抱え込んで誰にも教えようとしないという社員の問題が挙がりました。営業職の比較的ベテランですが、その人しかわからない顧客や人脈、情報がいくつもあり、それを周囲に共有したり引き継いだりするように求めても、一向に取り組もうとはしません。

部下も数人いますが、そのあたりの情報共有はほとんど行われず、質問してもほとんど答えてくれることがないそうです。

 

本人への指導と改善が必要とのことで、直接ヒアリングをしてみたところ、こんなことを言いました。

「自分しかできない仕事を持っていなければ、自分の存在価値が薄れてしまう」

 

はっきりとは言いませんが、どうも本人の意識として、他人に仕事を教えることは、自分の仕事を奪われる可能性があり、自分の存在意義を保ち続けるには「自分しかできない仕事」を抱え続ける必要があり、その結果をして情報共有や人材育成をできるだけ避けようとする行動につながっている様子でした。「出る杭を打たなければ自分の立場が危うくなるかもしれない」という意識です。

 

こういう話は、いろいろな企業で実はときどき耳にすることがあります。

かつては定年間近の社員が自身の雇用延長を勝ち取るため、その時の自分の担当業務を抱え込んで、誰にもかかわらせようとしないなどということがありました。最近は聞かなくなりましたが、それは継続雇用が法律でも義務付けられ、勝ち取る必要がない普通のことになったからでしょう。

 

私たちのようなコンサルタントの中にも、自分の存在価値を保つためにノウハウ開示は必要最低限しか行わないという考え方の人がいました。ただ、やり方を知っただけで存在価値を失う程度のノウハウでは、それを隠したところで大した差にはなりません。「知っている」と「できる」が違っているところに、私たちの存在価値があります。

 

企業の人材育成がうまく進まない要素の中に、このような心理的障壁が含まれている場合があります。教えることを恐れる、不安に思うような環境があるならば、改善しなければなりません。

 

 

2022年7月4日月曜日

「エンゲージメント最低」への危機感など「未来人材会議」のレポートで思ったこと

経済産業省では、今後の人材政策を検討する「未来人材会議」を省内に設置し、未来を担う人材育成のあり方を提示するために調査や議論を重ねてまとめた「未来人材ビジョン」が発表されたという記事がありました。10~30年後の労働需要の推計、これからの人材育成の方向性や具体策が示されています。

 

「今の人材投資のあり方では日本の未来はない」という危機感が述べられており、

・日本企業の従業員エンゲージメントは世界で最低水準。

・日本は課長・部長への昇進が遅く、部長の年収はタイよりも低い。

・「現在の勤務先で働き続けたい」と考える人は少ないのに、「転職や起業」の意向を持つ人も少ない。

・転職が賃金増加につながらない傾向が強い。

・企業は人に投資せず、個人も学ばない。

など、様々な調査結果をもとにした指摘が並んでいます。

 

レポートのまとめには、雇用・人材育成や教育システムに関する大きなビジョンを示すことを主眼としたため、それぞれ詳細な検討にまで至らなかったと記されていました。

多くの分野の専門家や知見をお持ちの方々がかかわっており、興味があれば一度目を通してみる価値はあると思います。

 

このレポートに対する私の個人的な感想は、「共感」と「今さら感」と「少しの違和感」です。

課題指摘の一つに労働移動の少なさが挙げられており、そのことが日本の競争力を阻害しているといいます。「終身雇用」と「年功序列」、「解雇規制の強さ」などをはじめとした日本的雇用に起因すると言われ、それらを排して労働移動を促進すべきだといいます。人材の停滞が企業の人材育成投資や働き手の学ぶ姿勢を阻害しているといい、ジョブ型雇用などで専門性を高めることが生産性向上のために必要だといいます。

現状維持志向、楽な方へ流れることを課題と見ており、確かにそういう部分は理解できます。多くの調査結果からも同じ傾向が見られ、「共感」できるところはあります。

 

ただ、これらの調査結果で言われていることは、ここ数年で急に始まったことではありません。言葉の表現はいろいろ置き換わっていますが、少なくとも20年以上前から同じような指摘がされ続けています。

例えば「ジョブ型雇用」は、結局は昔から言われている職務主義の一種であり、新しい話ではありません。同じような課題指摘がされ続けているのになかなか変えられないというのは、何かしらの阻害理由があり続けるからです。「今さら感」はそんなところから出たものです。

 

もう一つ、「少しの違和感」というのは、これらの指摘が現場の様子とは必ずしも一致していないと感じることです。どうしても一部の大企業目線の分析に見えてしまうのです。

例えば「人材の流動性」は、中小企業ではすでに非常に高いです。多くの企業で常に中途退職者がおり、退職防止に腐心しています。人材不足が常にあり、中途採用による人材確保を継続的におこなっています。

 

この人材難の一方で、解雇や退職勧奨など雇用継続をしない働きかけも実際には行われています。法律的にはグレーなところも見受けられるので、肯定できることばかりではありませんが、実施されているのは間違いありません。「年功序列」は多少あったとしても、「終身雇用」と言い切れる状況はほとんどありません。

 

「エンゲージメント」の向上は、私も支援することが多いテーマですが、高いエンゲージメントを誇る会社は中小企業にも存在します。ただ、エンゲージメント向上は社員の定着につながることで、人材の流動性には反します。日本におけるエンゲージメントの低さを問題視しながら、人材の流動性を高めようというのは、少し矛盾する話です。

 

自ら学ぶ社会人は増えている感じがしますが、多くは在籍している会社の制度などを利用しています。自己負担するほどの金銭的余裕がなく、そこまでして学ぶ必要性は感じていないのかもしれません。

 

これらの課題に私自身が何か明確な処方箋を持っているわけではありませんが、雇用や人材育成課題への対策としてレポートで示されていることは、どうも一部の大手企業で起こっている問題で、全体を反映しているとは思えないものが数多くあります。

私が思う全体の共通項は「将来不安」であり、そのことがそれぞれの境遇の中で異なる形で表れていると思っています。そうであるとすれば、その対策は労働移動やジョブ型雇用ではありません。

さらに実態を見据えた議論を続ける必要があると思います。