2017年7月26日水曜日

本当に優秀な部下がいたら、あなたはどこまで認められるか



いろいろな会社の経営者や役員の方々と話していて、最近よく聞く話に「経営者マインドを持った人材がいない」というものがあります。言葉の通り、広い視野で仕事全体を回すことができ、結果を出せる人ということで、そういう人がぜひ欲しいけれども、なかなか出会うことがないと言っています。

自律人材、自発人材、積極人材ということも言われますが、たぶん言いたいのは同じようなことで、自分で考えて自分で行動できる人材、要は「放っておいても自分で何とかできる人」ということでしょう。単にスキルや知識があるということだけでなく、それを発揮する行動が伴っているということで、それを兼ね備えた人が“優秀な人材”ということになるのだと思います。

こんな人材はめったにいないというのは間違いないことですが、もし仮にこんな優秀な経営人材が会社に入ってきたとして、その人の力を100%活かせるのかといえば、これもまた難しい問題です。
ある社長にこの質問をしたところ、しばらく考えてから「努力はするけど難しいかもしれないね」とおっしゃっていました。その理由は「私(社長)も含めて、人間は自分よりも優秀な人を、本音ではなかなか認められないから」ということでした。私も正直そう思います。実際に活かせるかどうかには、やはり会社の器、もっと身近な上司の器が大きく影響してきます。

例えば経営人材、自律人材、自発人材、積極人材などといった人材像のキーワードが挙げられていますが、これには前提があります。それは、“会社や上司が認めた範囲の中で”、経営を考え、自律的、積極的に動けということです。もし仮に会社のやり方や上司の判断が良くなかったとしても、その枠からはみ出して行動することはできません。「自律」といいながら自分では決められず、「自発」と言いながら自分の判断だけでは行動できないということが起こってきます。

また、これはお互いのレベルはともかくとして、自分よりも能力が劣っている人が上司になると、部下の立場としては大変なストレスになります。上司がその能力差を認めてくれて、権限移譲を大きく進めてくれればまだよいですが、そうなることは非常に稀です。やはり上司は、自分の上司としての立場を守りたいと思うものです。

優秀な人材であればあるほど、能力不足の上司や器が整っていない会社のせいで、自分の考えややりたいことが制限されたとしたら、たぶんその会社には早々に見切りをつけてしまうでしょう。
つまり、優秀な人材が、もし本当にその人が会社に入ってきたとしても、会社全体にそれ活かそうという心構えがなければ、良い効果を生むことはできないということです。

米IT企業のグーグルでは、採用基準の一つに「自分より優秀で博識な人材を採用せよ」というものがあるそうです。ここには人材レベルが停滞していては、企業としての成長が望めないという認識が込められています。自分以上のレベルの人材に、自分以上の働きをしてもらわなければならないということですが、この実現のためには、上司が自分より優秀な部下を、認めることができるかどうかにかかっています。

これは、多くの場合で簡単にはいきません。社長を先頭に、自分よりも経営センスがある人がいたとしても、なかなかそれは認められないでしょうし、結果としてそういう人材が活躍できる前につぶしてしまっていることもあるでしょう。ただ、それは人材レベルの停滞もしくは衰退であり、企業としての成長は望めません。

成長過程にある伸び盛りの会社では、一般的に後から入社してくる人の方が優秀なことが多いです。会社が成長すれば、それに合わせて入社を希望する人のレベルも上がっていくからです。
こういう人材を活躍させるには、会社がそのための環境を作らなければなりませんし、特に上司が優秀な部下をどこまで認められるかということにかかっています。

本心からそれができる上司のいる会社は強いと思います。


2017年7月24日月曜日

「生産性を上げる」ではなく「生産性を下げる仕事をやめる」


ある人材育成支援会社が、若手正社員を対象に労働時間の実態を調査したところ、働き方の自由度が高く、時間ではなく成果で評価される人であっても、実際には長時間働かなければ成果を上げられないという実態が浮き彫りになったという新聞記事がありました。



調査結果によると、1カ月の平均労働時間が200時間を超えたのは、女性の18・5%に対して男性では42・4%と、男性の長時間労働が目立ち、その人たちの7割は、労働時間を「もっと短い方が望ましい」と考えながら、実際には長時間労働に縛られているということです。



その理由は「仕事量が多い」が72・2%、「突発的な予定や、相手の都合に左右される」が55・7%、「締切や納期にゆとりがない」が43・5%などとなっており、特に仕事量を適切に管理して削減しなければ、労働時間削減にはつながらないとされています。



最近導入に向けた議論が進む「時間でなく成果に応じて賃金を支払う労働制」である「高度プロフェッショナル制度」は、うまく活用すれば長時間労働の是正につながると言っていますが、この調査結果によれば、労働時間を短くすることはできないということになります。



私も最近の働く現場を見ていて、残業削減に関しての取り組みを強めている会社が非常に多くなっていると感じます。ただ、そこで行われていることは、「残業を減らせ」「早く帰れ」という会社や上司からの働きかけが強まっただけで、仕事量を調整したり削減したりということは、ほとんど行われていません。



このあたりのことを現場の上司たちに聞くと、それなりに理解はしているものの、「求められる成果が変わらないので、簡単に仕事量は減らせない」という話がよく出てきます。会社からは「成果を上げて時間は減らす」の二兎を追えと言われ、何かそれを支援するインフラなどを、会社が用意してくれるわけでもありません。



そもそも「無駄な残業」という話は昔からありますが、これを経営者など組織で上位の人たちに聞くと、だいたいが「もっと効率よくやれば時間が減らせる」と言い、「無駄な時間に給料を払いたくない」と言います。ここで仕事量のことを聞くと、「少ないとは言わないが、もっと効率的にできるはずだ」と言われることが多いです。

ただ、今回の調査結果や現場の声では、実際に長時間労働をしている人の多くは「仕事量が多すぎる」と言っています。これでは議論がかみ合わないはずです。



私はどちらの言い分もうなずける点はあり、仮に作業環境が変わらなくても、効率化できる余地はもちろんありますが、その一方現場の人たちがそんなにサボっているとは思っていません。特に長時間労働の人が、「もっと労働時間を減らしたい」と思いながらも減らせないというのは、やはりそれなりにやるべき仕事があるということです。



ここで一番の問題は、その仕事の中に「無駄とまでは言わないが、やらなくてもそれほど影響がないもの」が含まれていることです。そしてそういう仕事の大半は、会社と上司が作り出しています。



部下からすれば、会社や上司からの指示に、「忙しい」「できない」もしくは「無駄」などといって拒否することは難しいでしょうし、会社や上司からすれば、個々の社員の仕事量を、会社の全体最適で見ることは難しく、自分が見える範囲で仕事が回っていれば、その中身はくわしく見ないことがほとんどでしょう。



こんな中で「生産性向上」「生産性を上げる」と言い出すと、何か新しい工夫をして、新しいことを始めなければならない感じがしてしまいますが、すでに忙しくて目いっぱいと思っている人たちに、新しいことを求めても、たぶん躊躇の方が大きいです。



これは結局同じことですが、「生産性を上げる」と言うよりは、「生産性を下げている仕事をやめる」と言った方が、私は取り組みがしやすいと思っています。

「やらなくてもそれほど影響がないもの」という前提で、会議を減らす、書類を減らす、報告を減らす、電話を減らす、メールを減らす、重複作業を減らす、ということを積み重ねると、状況はかなり変わってくるはずです。



日本の労働者の生産性が低いと言われますが、それは個人の要領の悪さだけでなく、会社や上司が「やらなくてもそれほど影響がない仕事」をやらせ過ぎているからです。

今のような残業規制の話だけでなく、そんな業務量の問題を解決しなければ、日本の「働き方改革」は進まなくなってしまうと思います。



2017年7月21日金曜日

ルールを知らないとプレーできないのは「スポーツ」も「仕事」も同じ



ある研修の講義資料の中に、「野球で言えば・・・」というたとえ話が出ていました。自己犠牲のたとえで「送りバント」の話が挙げられていました。

ただこの「野球で言えば・・・」は、今の20代、30代には、かなりの比率で通じなくなっています。
ある調査によれば、「野球のルールがわからない」という人は、50代であれば、男性で9.0%、女性で33.1%とのことでしたが、これが30代になると、男性の23.5%に女性の55.2%、20代ではさらに増えて、男性の26.7%、女性で57.3%が「ルールを知らない」と答えているそうです。

いつでも野球ができるような場所が減り、テレビ放送でも見る機会が少なくなったというようなことがあるようで、さらに「ホームを踏んだら点が入るのはわかるが、それまでの過程がわからない」「ルールが難しくて予備知識がないと理解が難しい」など、ルールの複雑さに関する声もありました。

野球の場合、他のスポーツと比べて複雑なルールが世界的な普及にはネックになっているという話を聞いたこともあるので、同じようなことが今の日本の若い世代でも起こっているということでしょう。
当然ですが、ルールを知らなければプレーはできません。普及のためには、まずルールを知ってもらうということが必要でしょう。

少し話が変わって、労働組合の統一組織である「連合」が最近おこなったアンケート調査で、「働く人の4割以上は、会社が残業を命じるには労使協定(36協定)が必要なことを知らない」という話がありました。
20~65歳までの自営業やアルバイトを除く働き手1000人に、36協定について尋ねたところ、「知っている」と答えたのは56・5%、「知らない」は43・5%だったとのことです。
長時間労働への関心の高まりで、知っている人の比率は上がってきたが、今後も周知を進める必要があるとのことです。

私がコンサルティングの現場で、いろいろな企業の方々に接していると、これは経営者、従業員を問わず、「法律を知らなかった」「ルールを知らなかった」という話は、意外にたくさんあります。
中に「知っていたけどやっていない」という確信犯はいますが、本当に心の底から全く知らなかったという人にも数多く出会います。

ある会社では、有給付与や残業割増のルールが、まったく法律に則っておらず、そのことを社長に尋ねると、「そんな話は全く知らなかった」「初めて聞いた」といいます。真面目で誠実な人で、他のルールはきっちり守っているので、たぶん本当に知らなかったのだと思います。
設立から30年以上が経っているような歴史がある会社で、当然ですがこの社長もベテラン経営者といってよい人です。そんなプロなのに、わりと当たり前と思えるルールが抜け落ちてしまっていました。

また、社員からこういう指摘をされたことは一度もないそうで、社員に聞いても同じように「知らなかった」といいます。もしかすると気づいていた人はいるのかもしれませんが、少なくとも声をあげた人は今までいなかったということで、実際に知らなかったという人がほとんどだったのは確かでしょう。

社長にはまったく悪気がなく、しかし結果的には相当長い期間法律に合っていないルール違反を続けていて、働いている社員たちも、それがルール違反だったとは誰も知らなかったということです。

しかし、これを仕方がないことと片付けてしまうのはちょっと問題です。

スポーツであれば、ルールを知らなければ競技が成り立たず、そもそもプレーすること自体ができません。プレーしたければルールを覚えなければ始まりません。

これは仕事の場合も同じはずですが、こちらの方は「知らずにプレーしている」という状態の人が、ずいぶんたくさんいるということです。
これは決して違反を糾弾しろとか、権利主張しろとか、そういうことばかりではありません。一定のルールのもとでの競争があるから企業活動が成り立つわけですし、違うルールなのに売上が上がったとか利益が出たといっても、同じ尺度で比べられるものではありません。企業の対外的な評価にもかかわることです。

また、違ったルールの中で利益構造ができあがってしまうと、簡単に直すことができません。「法律通りにやっていたら会社がつぶれる!」などという経営者がいますが、やはりこれは本末転倒だと思います。

スポーツでも仕事でも、やっぱりルールを知らなければプレーすることはできません。プレーしたいのに、仕事をしたいのにルールを知らないのであれば、それを知る努力をする必要があると思います。