2016年11月30日水曜日

「働き方改革」を語る大企業経営陣への信用しきれないこと



「働き方改革」「長時間労働対策」については、このところ特に「重要な取り組みである」「これからの時代では当然のこと」などという発言が、著名な企業の経営者の間からも頻繁に聞かれるようになりました。

ただ、その発言やコメントに対して、「あなたが言える立場でない」「その口からよく言える」など、少々過激とも思える反論を、いくつか目にすることがありました。
そこには、社員としてその会社で働いた経験がある人だけでなく、取引先会社や協力会社として、一緒に仕事をしたという外部の人からも、「絶対できる訳がない無理難題を押し付けられた」「徹夜必須の期限を切られた」など、長時間労働を強いるような一方的な扱いを受けたという話や、さらに社長就任前の張本人からその手の扱いをされたなどという、噓かホントかわからない話もありました。

また、ある会社では、社長自身が「働き方改革」の責任者となっていますが、その理由は「仕事優先で、“働け”といっていた張本人だから必死にやらなければならない」などとおっしゃっていました。

こんな様子を見ていると、やはり大企業で経営者や役員まで登り詰める人というのは、「仕事優先」「ワーカホリック」「ハードワーカー」といった人たちが多いのだろうと思います。社内でも社外でも競争をしながら、それに勝ち抜いてきた人たちですから、当然といえば当然でしょうし、それくらいやらなければ、今の地位はなかったということもいえるのでしょう。

ただ、私はこういう人たちが、いくら「働き方改革」「長時間労働対策」と声高に言っても、少なくとも今の段階では、正直あまり信用することはできません。
「仕事優先」で成功体験を積み上げてきた人たちが、そう簡単に自分の人生の成功体験とは異なるものを認められるようになるとは思えないからです。

もちろん中にはそうでない人もいます。過去の成功体験に甘んじない人もいますし、ただ「仕事優先」ではない成功体験を持っている人もいるでしょう。
私自身のことで言えば、「仕事優先」と一方的に思い込んだことがなく、「ハードワーク」で得た成功体験は無いと思っているので、逆の意味で極端かもしれません。ただ、「残業せずに」「効率的に」「無駄なことをやらずに」、その上で成果を出すにはどうするかを考えることが習慣になっているので、今の「働き方改革」の方向になじめない感覚はまったくありません。

しかし、私のような者とは反対の感覚で仕事人生を歩んできた人は、そうではないでしょう。世の中の流れに合わせて、口では「働き方改革」と言っていますが、本音はそうでない人も大勢いるでしょう。
また、もしも本音で問題意識は持っていたとしても、自分が経験してきたこととかみ合う部分が少なければ、効果的な対策を立てることは難しくなるでしょう。

大企業による取り組みは波及効果も高いので、期待する気持ちがある一方、経営者の方々の話しぶりやコメントに、どうも熱意やリアリティを感じられないことが多々あります。

時間の経過とともに答えは見えてくるのでしょうが、私は今の段階ではまだ信用し切れていません。
これから良い方向への取り組みが進むように望んでいます。


2016年11月28日月曜日

「不言実行」と「あうんの呼吸」では困ること



“不言実行”という言葉がありますが、その意味を調べると、「文句や理屈を言わずに、黙ってなすべきことを実行すること」とあります。日本人的な美徳とも合致して、悪い意味で使われることはほとんどないのではないかと思います。

もう一つ、“あうんの呼吸”という言葉があります。こちらは、「二人以上で一緒に物事を行うときの、互いの微妙な気持ち。また、それが一致すること」とあります。

どちらにも共通するのは、目に見える具体的なコミュニケーションは、それほど行われていないことです。
一見すれば古風にも思えるこの価値観ですが、こういう感覚を持ち続けていて、それが風土の中に組み込まれているような会社や組織は、実は今でも数多く見かけます。
ただ、「不言実行」と「あうんの呼吸」が多い会社や組織では、実際の組織運営上で困ることがたくさん出てきます。

例えば“不言実行”であれば、文句を言わずに淡々と仕事をするという部分は良いとして、実際に何をどこまでやろうとしているのか、どんな優先順位なのか、そもそもやる気があるのかないのか、本人によく聞かない限り、周りからうかがい知ることはできません。
「目標」を心に秘めたまま、ゴールを周りには明示せずに実行するということなので、悪い意味でとらえれば、言い訳は何とでもできるということです。
もしも、“不言実行”の部下がいたとしたら、上司としてはよほど実績があって信頼できる人物でない限り、非常に扱いづらいと思います。

同じことは“あうんの呼吸”でも言えます。「言われる前に動け」とか「空気を読め」とか言う人がいますが、そういう人に限ってその前提条件を伝えていません。ですから、空気を読んで、言われる前に動いても、結果がその人の思い通りでなければ不満と怒りにつながります。特に経営者や管理者が、部下に対して一方的な“あうんの呼吸”を求めている場合を多々見受けます。

この手のことは、例えばスポーツの団体競技であれば、チームの「コンビネーション」ということにあたるのだろうと思います。ただ、この「コンビネーション」が、お互い無言のうちに何となくでき上がっていくものかといえば、決してそうではありません。

もちろん時間の経過とともに醸成されるものもありますが、結果重視の勝負の世界でそれだけを待っていては時間がかかり過ぎます。ですから、「コンビネーション」を作るために、お互いにかなりの量でコミュニケーションを取り合います。

「自分のプレースタイルはこうだ」「こういう場面ではこういうふうにプレーしたい」「ここにパスが欲しい」「こういうサポートが欲しい」など、お互いに意識のすり合わせをしながら、コンビネーションを作り上げていきます。その関係性がこなれてきたところで初めて、いちいち言葉を交わさなくても、通じ合う関係ができていきます。

特に日本の企業は、「高コンテクストな(言葉にしていない周辺情報も伝わりやすい)」文化と言われます。最近はグローバルな感覚を持ち、文化の違いを認識した上できちんと言語化したコミュニケーションをとることが習慣化している企業がある一方、この高コンテクストな文化を背景にして、「不言実行」「あうんの呼吸」がそのまま生き続けているために、組織上の問題が起こっている企業が数多くあります。

一見美徳に思える「不言実行」も「あうんの呼吸」も、組織運営の中では困ることが多いはずです。
「言語化したコミュニケーションを意図的に行うこと」は、今の企業では必須要件になっています。

2016年11月25日金曜日

童話「ウサギとカメ」を本当に実験した話で思った適材適所ということ



イソップ童話で有名な「ウサギとカメ」のお話は、ほとんどの方がご存知ではないかと思います。
ウサギとカメがかけっこの勝負をして、足の速さでどんどん先へ行ったウサギは、余裕しゃくしゃくで居眠りを始めてしまい、その間に着実に進んだカメが勝つという話です。

たまたまユーチューブを見ていたところ、この「ウサギとカメ」を、本当に実験して競争させたという動画がかなりたくさんありました。その結果を見ると、どうもお話と同じように、カメが勝ったというものが多かったようです。

そこには、単純なイメージで思われているような、動きが早い、遅いといったことでなく、ウサギとカメそれぞれの性質にも要因があるようです。
例えばウサギの場合、基本的に臆病ではあるものの好奇心旺盛らしく、確かに実験中は、途中で周りの様子をうかがっていたりして、そのせいなのか長い時間で足を止めています。襲われたときに逃げ隠れする敏捷性には優れていますが、長距離を走るのは苦手ということもあるようで、走り続けるという感じではないようです。

これに対してカメの方は、全般的に臆病なものが多いようですが、種類によっていろいろらしく、基本的にはあまり協調性がないのだそうです。また、特にリクガメは、エサを求めて陸上を移動するので、大変な運動量があり、常にエサを求めて歩き続けているのだそうです。コンスタントに歩き続けるのは得意そうです。

ですから、それぞれの性質、特性を考えると、「ウサギとカメ」の競争でカメが勝つということは、かなり必然に近い部分もあるようです。

ここで思ったことが二つあります。
一つは、「ウサギは早くてカメは遅い」といったような見た目だけのイメージは、必ずしも適切ではなく、もう少し細かい部分を見なければ、性質や特徴はわからないということです。思い込みで判断してはいけないということです。

もう一つは、「カメはコンスタントに動き続ける」などといった、その者の性質に合ったことを見極め、そのことに関する適切な取り組みをさせれば、高い確率で成果が得られるということです。まさに適材適所ということでしょう。

組織の中でよく言われる「適材適所」も、それを本当の意味で実現できていることは、意外に少ないように思います。思い込みによる一方的な適材適所、特徴を見誤ったままの適材適所など、実際には適材適所になっていないことが多々あります。

「ウサギは早くてカメは遅い」などといううわべのことだけでなく、もっと本質を見極めた適材適所を心がけることが必要ではないかと思います。