2019年2月28日木曜日

時代とともに「マナー」は変わる


最近見たウェブ記事に、「請求書のハンコがお辞儀をしていないのは失礼だ」と、早朝4時半に怒りの電話がかかってきたというツイートに関する話題がありました。

「ハンコのお辞儀」と言っているのは、一部の金融機関などでおこなわれていると言われるビジネスマナーで、一つの文書に複数の印鑑を押すときに、左端の上司の印にお辞儀をするように、部下が左斜めに傾けて押すことです。
この話に対しては、「そんなマナーは初耳」「まっすぐ押せと教わった」などの声が大半ですが、「聞いたことはあるが実行したことはない」など、どうもマナーとしては存在するらしいという話もあります。私自身はそんな書類を見たことも、自分で実行したこともありませんが、話を聞いたことはあるので、それをマナーだと位置付けている人は、確かにいるのでしょう。

マナーの形はいろいろあっても、私は「相手を不快な気持ちにさせないこと」が基本だと思っています。それが達成されていれば、表現方法は何でもよいと思うのですが、この場合は相手から激怒されたということなので、理不尽とは思っても相手は不快な気持ちになっている訳です。マナーは本当に難しいと思います。

最近はいろいろなマナーに関する議論があります。
このところ「エスカレーターの乗り方」で、急ぐ人のための片側空けは止めるように、主に鉄道会社がアナウンスを始めています。歩くと危険ということが一番の理由のようですが、全員が立ち止まって乗った方が、全体の運搬効率は良いのだそうです。

このマナーも、ある時期から「急ぐ人のために」といって徐々に広まった記憶がありますが、それ以前は「危ないから歩くな」と言っていたと思うので、結局は何を優先するのかの違いという気がします。ちなみに私はわりとせっかちなので、歩けた方がうれしいです。

メール添付でファイルを送るときに、「圧縮してパスワードをつけて、そのパスワードは別のメールで送る」というマナーがあります。理由はたぶん情報漏えいやセキュリティの対策です。
私は相手がそういう送り方をする人の場合や、初めての相手で様子がわからない時には、圧縮ファイルのパスワード付きで送りますが、聞くところによると、それによってセキュリティが高まることはほとんどないらしく、そうだとすればただの無駄ということになります。
誰が考えて、どう広まっていったのか、私にとっては「謎のマナー」の一つです。

「何でも電話は失礼」という話をはじめとした、電話に関するマナー論争があります。最近の若手社員は、なかなか電話に出ないので仕事にならないと、お怒りの先輩諸氏の声を聞きますが、私もこちらの都合に関係なくかかってくる電話が不快に感じてしまうので、どちらかと言えば若手社員寄りの感覚です。
そもそも携帯電話がない頃は、必ず誰かが電話を取り次いでいて、それがバッファとなって居留守や後回しも含めて応対の仕方が調整できていましたし、外出していれば連絡が取れないものと、相手もあきらめてくれていましたが、今はそのバッファやあきらめが無くなってしまったので、新たなマナーの問題になっているのでしょう。

かつては、急な休みの連絡など、大事なことは必ず電話するようにと言われていましたが、最近はラインなどを使う会社もあり、連絡ツールが増えたことでずいぶん様子が変わってきています。このあたりの使い分けのマナーは、まだあまり確立していないように思います。

私は新人研修あたりで、ごく一般的なマナーを少しレクチャーする程度の知識ですが、一つ言いたいのは、マナーというのはこれほど多様で、自分の信じているものがすべてではなく、さらに時代に応じて変わっているということです。
「相手を不快な気持ちにさせないこと」が基本なのは変わらないと思いますが、自分のマナー感覚を相手に一方的に押し付けるのは、これからは一層気をつけなければならないと感じています。


2019年2月25日月曜日

すでに変わってきている「異動」への考え方


大企業の管理職を経て、40代で人事の専門家として独立した知人が、ご自身のキャリアを振り返っている記事がありました。人事の仕事でなりわいを立てたいと気持ちが定まった頃に異動の打診があり、その際「独立も考えているが、完全に会社から離れるのではなく、会社の業務を請け負わせてもらえないか」と話したところ、それが会社に認められて独立し、今も退職した会社にかかわり続けながら活躍しています。

会社の入社当時は、営業として海外を舞台に活躍したい夢があったそうですが、その後の意図せぬ異動で人事部勤務となりました。今までの経験がまったく活かせないことで、早く営業に戻りたいと思っていたそうですが、ダメ出しをされていた上司を見返したいなどの思いから一念発起で勉強し、人事の仕事の面白さを感じるようになっていってそうです。

そこでまた全く畑違いの部署に異動となり、不本意な気持ちはありながらも真面目にやりがいを持って取り組み、課長にも昇進しました。
そこからまた異動で、自己申告でずっと希望し続けていた人事に戻ることとなり、4年ほど経ったところで、独立のきっかけになる異動打診だったそうです。

会社に雇われている立場では仕方がないことですが、自分の意にそぐわない異動では、ずいぶんいろいろ悩んだということでした。同じような経験をして、一喜一憂したり黙々と従ってきたりした人は、数多くいることでしょう。

ただ、このあたりの様子は近年ずいぶん変わってきています。
「管理職になりたがらない若手社員」の話がありますが、ただ大変な仕事はしたくないというだけでなく、管理職になると現場の実務でキャリアを積むことが難しくなるので、実務的な専門性を失いたくないと考える人がいます。
一流大学卒でも総合職でなく一般職を希望する人も、ネックとなっているのは異動に関する問題です。転勤などを避けたいという思いがあります。
「自分のキャリアは自分でデザインする」という意識は、若い世代ほど強いように感じます。

会社でも、個人キャリアに関する希望を聞き、その配慮へのスピードが増しています。勤務地限定制度はこういった希望対応の一つですし、適材適所が企業にも有益ということで、それはタレントマネジメントなどの形で実践されています。会社の都合で一方的に社員のキャリアを決めることが、会社にとっても良いことではないと気づいているからです。
その一方、社内ゼネラリスト志向の旧来の異動を続けている会社も、まだまだ多く見受けられます。

少し前に放送されたテレビ番組で、今の人手不足と働き手の意識の変化から、社員が会社にしがみついていた時代は終わり、これからは「会社が社員にしがみつく時代」というものがありました。
以前は社員の引き留め策として機能していた年功賃金・退職金制度は効かなくなり、最近は「リテンション」と呼ばれる“社員を辞めさせない戦略”が注目されるようになりました。
残業削減など働く環境の改善や、AIを使って辞めそうな社員を予測して集中的に対応するといった取り組みもあるようです。

今の時代、社員は自分のキャリアや市場価値にはとても敏感で、意にそぐわない仕事をさせる会社は、さっさと辞めて転職していきます。ただ、本人希望ではない異動によって経験した仕事が、実は天職だったという例もたくさんあります。
一方的な会社都合での「異動」はもう通用しませんが、会社にとって社員の「異動」は必要であり、これからはいかにきちんと話し合って、お互いが納得し合えるかに尽きると思います。

最近、ある大手企業が、間接部門の要員を5000人規模で、営業や技術職に配置転換するという話題がありました。全く異なる職種への転換なので、実現を疑問視する声や「リストラしたいのが本音」と揶揄する声があります。いろいろ事情はあるのでしょうが、少なくとも私は、会社の一方的な都合が強く、最近の「異動」に対する考え方からは遅れていると感じます。
「異動」の考え方は、会社にとっても社員にとっても、すでに大きく変わってきています。


2019年2月21日木曜日

企業より一層難しいかもしれない官庁での「360度評価」


少し前の話題で、決裁文書の改ざん問題や事務方トップのセクハラ問題などを受けて、財務省が検討していた不祥事防止策の中間報告が出され、その中に上司だけでなく部下からも人事評価を受ける「360度評価」の導入などが盛り込まれたという話がありました。職員からの意見を聞いた上で最終報告をまとめるとのことでした。

「360度評価」は評価基準などの詳細を決めて、課長以上の管理職を対象に実施する予定とのことで、ほかにも、若手職員が幹部職員に仕事の相談ができる「よろず相談員制度」の創設や、内部通報制度の整備なども盛り込まれているそうです。
関係者のコメントを見ていると、「部下の目が上司へのけん制になる緊張感がハラスメントをなくす一助になり得る」「不祥事の防止だけでなく、省内の風通しも良くなる」などとあり、それなりに期待している様子がうかがえました。

「360度評価」は、ある調査では2割の企業が導入済みと回答し、さらに5000人を超える企業の6割が導入していると回答しており、大企業を中心に活用しています。
ただ、私が現場の状況を見ている中でも、うまく運用するのはなかなか難しく、ネガティブな評価で上司のストレスを高めているばかりになっていたり、ただ点数が出てくるだけで何も具体的に活用できていなかったりということが見受けられます。

上手く使っている会社は、部下からの意見や指摘が上司の気づきや自覚につながって、行動変革を促すことができていますが、うまくいっていない会社では、逆に上司が委縮していたり、部下指導が甘くなっていたり、事なかれ主義に陥っていたりすることもあり、制度を導入すれば「風通しが良くなる」などという簡単なものではありません。

あくまで私の見解ですが、「360度評価」をうまく活用するためには、上司部下ともに相応の良識があり、それに基づいた話し合いができる風土がベースにある組織でなければ難しいと見ています。
上意下達の組織、情報格差で支配するような情報共有ができていない組織、隠蔽体質を持った組織、上に物が言いづらい組織では、「360度評価」のデメリットばかりが目につく感じがしています。

つまり、お互いがある程度フランクに話し合える風土がある上で、さらに「360度評価」という形で、部下が上司に対して指摘や意見を言える場を作って上司の自覚や気づきを促して、自ら行動変容するきっかけにしようというものなのです。
「上に物が言えないのを言えるようにする」「風通しを良くする」「上司の行動をけん制する」といったことは、私は「360度評価」によって実現するものでなく、どちらかといえば制度導入の前提として、環境を整える部分だと思っています。

ちなみに、同じ官庁でも金融庁はすでに多くの管理職で「360度評価」を採り入れていそうですが、その目的は「評価のためではなく、自己評価と部下評価のギャップを教えて、本人に“気づき”を与えること」と言っています。私はまさに「360度評価」の本来の使い方だと思います。

制度の詳細はこれからさらに詰めていくようですが、財務省の場合は「軍隊的」と言われるほど、上意下達が強い組織風土だと言われています。「360度評価」は決してその解決策にはならず、その制度導入のための環境作りがより一層重要になります。
組織が良い方向に変わってほしいと思う反面、強固な官僚組織がそう簡単に変わる訳がないとも思ってしまいます。今しばらく様子は見続けていようと思います。