最近目にしたコラムで、PDCA(Plan-Do-Check-Action)を批判的に取り扱ったものがありました。
無理な計画、過剰な計画づくりの元凶であり、部下の行動を細かく管理するマイクロ・マネジメント体制のもとで、評価されることしかやらない「受け身体質」の社員を生みだしてしまっているとされています。
私は、PDCAというのはあくまでツールであり、うまくいくかいかないかは使い方次第だと思いますので、これがまったく無意味なこととは思いません。
ただ、PDCAが理由かどうかにかかわらず、「日本人の計画好き」という点については、いくつか思い当たることがあります。
例えば人事の仕組みの中では、目標管理のような制度を運用しているケースは多いですが、多くの会社で見られるのは、「目標設定は一生懸命にやるが、その後の実行がおろそかになる」という場合が多いことです。計画ができたところで何となく達成感を持って満足してしまうのか、その後の実行のための取り組みは、概して弱くなりがちです。途中で目標の見直しもせず、結果的に達成もできず、評価も良くはなりません。
さらに、このまま何年か運用し続けていると、目標設定すること自体も形骸化していきます。毎年なかば事務的に同じような目標を立て、毎年同じように達成できずに終わりますから、制度としての意味を成しません。
こうなってしまう会社の多くに見られるのは、特に制度導入初年度の目標設定の際に、やたらと気合が入っているということです。時間をかけて何度も面談やフィードバック、手直しを繰り返して、ようやく目標が確定しますが、その頃の様子は上司も部下も「ようやく終わった」というほっとした雰囲気が見て取れます。
こういうことは目標管理制度だけでなく、会社の事業計画などでも見かけます。
事業シナリオや予算などを相当な時間をかけて練り上げますが、やはりその後の実行力の弱さを感じます。計画未達が見えてきても、時間をかけて決めた計画だということもあり、変更することを嫌がることという印象があります。
なぜこうなるのか、私が思っている原因は単純で、「計画を一生懸命やり過ぎているから」ということです。時間をかけて一生懸命にやればやるほど、それができあがった時の達成感は大きくなります。計画策定というゴールの達成感が大きすぎ、その後の実行フェーズに向かう余力がありません。これは精神的、心理的な部分も大きいと思います。
また、時間と労力をかけて作り上げたものであればあるほど、それを壊すことは避けたいと考えるのが人情です。社長がどんなに号令をかけたとしても、そういう計画であればあるほど、計画づくりにかかわった人たちの動きは鈍くなりがちで、方向転換はしづらくなります。
こういう傾向がある会社では、計画づくりをもう少し柔軟にすることが必要です。その一方、柔軟にし過ぎて計画が有名無実化してしまったり、達成度を厳しく問う会社では、できるだけ目標のレベルを下げようという動きが出がちであったり、バランスのとり方はなかなか難しいものがあります。
ただ、こういう見極めをしながらマネジメントしていくということでは、それがまさにPDCAですから、やはりツールの使い方の問題だということがわかります。
計画はやり過ぎてもなさ過ぎてもダメだということだと思います。
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