ある新聞記事で、人材育成に関係する興味深いものが目に留まりました。自身が立ち上げたサッカークラブから多くのプロ選手を輩出するなど、実績豊富なサッカー指導者が語っていたエピソードです。
ご自身が20代半ばのまだ若かった頃、外部指導者としてある中学サッカー部の監督をしていました。
ある日の練習試合で大敗して頭に血が上り、部員に「ダッシュ50本」を命令したそうですが、ある少年が動こうとしなかったそうです。「なぜ走らない!」と声を荒げると落ち着いた口調で「負けた罰として走るなら、監督にも原因があるのだから一緒に走ってください」と言われたそうです。感情のままでしごきを科した愚かさに気づいて返す言葉もなく、足ががくがくになりながら一緒に走りました。
ちなみにこの時意見を言ってきた中学生が、のちの日本代表になった中田英寿さんだったそうです。
ご自身はこれをきっかけに指導方法を学び直さなければと海外にサッカー留学し、還暦を迎えた今も指導者として成長したいと学び続けています。「みんながヒデのように言えるわけではない」「俺たちに怒鳴りつけられて潰れた才能がいくつもあったかもしれないと考えるとゾッとする」と言っています。
記事は「サッカーがうまくなかったり気が弱かったりしても、選手と指導者が気兼ねなく意見を言い合える環境を整えるべき」「まず歩み寄るべきは大人の方から」と締めくくられていました。
この話には、企業での人材育成で近年言われていることとの共通点がいくつもあります。
「気兼ねなく意見を言い合える環境」というのは、グーグルが自社の生産性向上の調査をしている中で見出した「心理的安全性」と同じで、これは職場で誰に何を言っても、拒絶されたり罰せられたりする心配もないオープンで穏やかな状態をいいます。
「サッカーがうまくなかったり気が弱かったりしても・・・」という点は、一律に同じ指導をするのではなく、その人の特性に合わせた指導が必要だとする「個別化」の方向性と共通します。
「まず歩み寄るべきは大人の方から」という点も、ただ「見て覚えろ」というような相手任せの姿勢でなく、上司をはじめとした教える側から働きかけをしていくことが重要とされるところと似ています。
最近ある会社で「部下の能力不足」という話が出ました。教えているのになかなか仕事が身につかないそうですが、指導方法を聞くと「初めは説明するが、それ以降は自分から聞きに来い」という姿勢だそうです。教える側の上司は、「自分たちはそうやって自ら考えて仕事を覚えてきたのだから、同じようにできるはず」だそうで、さらに「そうしてもらわなければ困る」「できないならば仕事に向いていないのではないか」と言います。
どこの会社にもわりとありがちな話で、一見すると正論のようにも思えますが、ここで言っているのは「自分たちのやり方に合わせられない、ついて来られない部下の側に問題がある」ということで、近年言われている望ましい人材育成の進め方とは正反対の話です。
前述の新聞記事に、「30年前の話が今でも新鮮に聞こえるのは、上意下達の指導方法が今も変わっていない現実の裏返し」とありました。
企業の人材育成については、新たなツールやカリキュラム、その他の手法が様々に提示されていますが、まずは教える側の意識変革が、最も重要なことなのかもしれません。
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