2016年4月18日月曜日

想定することの限界と、想定し続けることの大切さ



熊本と大分で大きな地震が続いています。被災された方にはお見舞い申し上げるとともに、一日でも早く地震が収束して復旧に向かっていくことを願っております。

地震というと、どうしても5年前の東日本大震災を思い出してしまいますが、それをきっかけに、災害時の対応や事業継続に関する手順を整備した会社が多かったように思います。当時は私も在宅勤務に関する仕組み作りなどでご相談を頂いていましたが、今回の地震では、そこで準備してきたことが活きた部分も多かったのだろうと思います。ただその一方で、やはり想定しきれなかったことも起こっているようです。

これはある会社のマネージャーの方にうかがったことですが、その会社では、自社が関係する地域で災害が起こった際に、社員の安否確認をする手順が決められていて、今回もその手順に基づいて確認を行い、該当する地域にいる社員全員の無事が確認されたそうです。

ここまでは準備していた仕組みで想定したものだったようですが、その後何度も大きな地震が続いたため、同じように何度も何度も安否確認を繰り返すことになったようです。

決められていた手順では、何か起こったらマネージャーの責任で安否確認を完結する手順だったそうですが、今回のように安否確認をしなければならない事態が何度も継続して起こるような状況は想定されていなかったため、当事者に何度も何度も同じことを聞く形となってしまい、多くの人に無駄な手を煩わせることになってしまったようです。

このように人の命にかかわることではありませんが、人事制度のような社内の仕組みでも、どんなに事前に詳細な想定をしても、その範囲だけでおさまることはほとんどありません。やはり人間がやることですし、その時の外部環境に左右されることもあるので、想定外をなくすことはできません。

緻密な仕組みを好む経営者や担当者の場合は、いかに想定外をなくすかということに注力する傾向がありますが、どんなに細かく検討しても、やはり想定することには限界があります。その時の状況によって、現場判断に委ねなければならないことも出てきます。

ただ、だからといって、起こり得る事態を想定して事前に準備することが無駄だということは、絶対にありません。先ほどの安否確認の例も、今回の経験が集約されて、次回同じようなことが起こった際には、すでに想定されたこととして対応がされるようになるはずです。

これらは結局制度と運用のバランスをどう取るかということであり、何でもかんでも制度で決めることではなく、かといって何でも運用に任せてしまうことでもなく、できる限りの想定をし続けて仕組みを作りながら、運用で柔軟に対応するのりしろの部分も設けておくことで、そのバランスの取り方に尽きるのだと思います。

想定することには限界があり、それを理解した上で柔軟な対応ができるようにしておくことと、想定することをやめずに継続して、次の機会に活かせる仕組みを考え続けることを、バランスよく続けていくことが一番必要なことなのだと思います。


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