2019年8月26日月曜日

希望を聞くなら応える必要がある「自己申告制度」


ある会社が、人事の仕組みとして「自己申告制度」を取り入れたいと言います。本人の仕事上の希望や職場環境に関する意見を聞くことで、人材の定着促進につなげたいという理由で考えられていることです。

「自己申告制度」自体は、決して新しい考え方ではなく、ずいぶん昔からいろいろな会社で実施されてきました。目的は社員自身が考えているキャリアパスの内容や異動希望などを、会社として情報収集をして人事管理に活かすことです。有効に活用している会社は数多くあります。

ただ、今回相談された会社には、あらためてもう少し慎重に考え直すことを勧めました。理由は「希望や意見を聞いても、それに応えられる可能性があまりにも薄いから」です。
こちらの会社では、仕事柄もあってキャリアパスにはそんなにバリエーションがありません。基本的に営業職で、扱う商材もある程度限られています。
キャリアパスとしても、徐々に昇進して管理職になるか、スペシャリストとして現場の仕事を続けるかくらいの道筋です。異動はありますが、所属する部門と勤務地が変わるくらいで、仕事内容自体はそれほど変わりません。
企画や事務系の職種はありますが、職種転換の例は今まで会社の中では一度もありません。

そんな環境なので、これまで社内の異動や配置は、基本的に会社側の一存で決めてきました。本人には事前に打診して、了承してもらったうえで異動しているので、問答無用で強引ということはなく、実際に本人の事情に配慮して、異動を見合わせたことが何度もあります。
そうやって、社員の意向にはできるだけ沿ってあげたいという気持ちがある会社なので、「それなら自己申告制度をやろう」という発想になったようです。

「自己申告制度」には、社員の考えを把握でき、それらの情報を様々な場面で活用できるメリットがある一方、当然ですがデメリットもあります。その最も大きなものは、「かえって社員の不満を芽生えさせたり増長さえたりする恐れがある」ということです。

定期的に希望や意見を聞いているにもかかわらず、それらがいつまでも聞き入れなければ、「言うだけ無駄」と思ってそのままあきらめるか、希望が叶うように環境を変えるしかありません。転職か独立か、その他手段はありますが、そのために会社を辞めるという点は共通です。当てもないままで希望だけを聞いていても、かえって会社を辞める決意を固めることになりかねません。

最近ある知人が「ようやく異動の希望がかなった」と言って喜んでいましたが、希望が通るまでには言い始めてから7年かかったそうです。著名な大企業だったので、社員はそれくらい辛抱してくれましたが、そうでなければ3回も話して変わらなければ、さっさと見切りをつけるのが普通でしょう。

社員の希望や意見を聞くのは良いことですが、聞いたからには何か応えることが義務になります。すべての希望をかなえることは無理でも、それがなぜ無理なのかを本人が納得するように、さらに他の選択肢を示すなど前向きに説明しなければなりません。

社員の希望をできる限りかなえる体制が作れないのであれば、「自己申告制度」などはかえってやらない方が良いこともあります。
希望を聞くのであれば、それができるかできないかにかかわらず、会社は必ず何か応えなければなりません。


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