2021年4月12日月曜日

不要なのに続けていること

ある会社でこんなことがありました。

数年前から上司と部下の間で毎月一回の定期面談が実施されており、一か月間の業務状況、業務上の課題や解決策、その他提案などを記載する書式があって、面談はその内容に沿っておこなうことになっています。この定期面談をおこなうようになってから、現場内のコミュニケーションが良くなったと評価されています。

 

その一方、この会社ではそれ以外に、毎週の業務活動を記載する週報を上司に提出する仕組みがあります。これは毎月の定期面談が導入される前からおこなわれていることで、内容は上席の管理者や社長にも共有されます。

この週報は、定期面談に使う書式の内容と多くの部分で重複しており、違うのはまとめるタイミングが週単位か月単位かということと、社長も見るかもしれないということだけです。かつて会社規模がまだ小さかったころ、上席の管理者や社長が直接現場の管理をすることがあったために必要だったそうですが、今はそういう機会はありません。

 

つまり、この週報はもう不要と考えても良い状況になっていますが、なぜか誰もそれを言い出しません。その理由を聞きながら行きついたのは、「社長をはじめとした偉い人たちへの報告を、減らしたりやめたりすることを社員からは言い出せない」という単なる気持ちの問題でした。

 

これを社長に確認したところ、「定期面談用の資料を共有してくれればよい」「週報の扱いはそれぞれの現場判断に任せる」とのことで話は簡単に終わりました。社長は「こういう非効率に気づかなかった自分に問題があった」と言っていましたが、不要と思っていた当事者の誰かがアクションすれば解決した話です。

 

些細な一例ですが、このように「不要なのに続けていること」は、どこの会社でも一つや二つは必ず何かあるものです。形骸化した社内資料や会議をはじめとして、状況変化とともに目的や必要性が失われているのに、何となく続けられているようなことは意外にあちこちで存在します。

この手の話は、例えば社内メールでCCの宛先が多いとか、承認印をもらわなければならない数が多いとか、わりとどうでも良さそうな小さいことが多く見られます。そしてそれが直せない理由としては、「当事者である社員からは言い出しづらい」「変えるプロセスが面倒」「不要なことにそもそも気づいていない」などといったことで放置されている場合がほとんどです。

 

不要なことを漫然と続けているような会社では、他の様々な点でも「そもそもこれは必要なのか」という問題意識が希薄な傾向があります。「上から指示されたから」など、そのことの意義を考えずに言いなりでおこなっていたりします。ここには「ボトムアップでは発言しづらい」「言っても聞き入れてもらえない」「上意下達が強い」など、企業文化やコミュニケーションの問題が含まれることもあります。

 

「不要なこと」の一つ一つは小さなことでも、それに気づいて修正することを積み重ねると、結構な業務効率化につながります。

「それは本当に必要なことか」を常に考える習慣と、それが実行できる企業文化はとても重要なことです。

 

 

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