もう10年近く前の話になりますが、その当時知り合った会社で、社長が「業績向上や規模拡大など、今より上はあえて目指さない」というところがありました。
技術系の会社でしたが、社員の今までの経験の範囲内で、新しい技術ではなくありふれた既存の技術で、社員は増やそうとせず、業績もその時の社員数に合わせて現状維持ができればよいという方針でした。
社員の顔ぶれを見ていると、みんな真面目ですが口数が少ないようなおとなしい人が多く、リーダー的なタイプに見える人はほとんどいません。どちらかといえば変化についていくのは得意でなく、与えられたことを今まで通りにコツコツ地道にこなすことが向いているような社員がほとんどです。
会社は、その人たちがストレスを感じずに、自分の能力の範囲内でこなせる仕事を選んで請けてきます。その仕事が継続する間はできる限り続けて受注するようにし、部署異動や担当替えも基本的には行いません。
それぞれの社員に向上心がない訳ではありませんが、会社はあえてそれを求めず、その人の能力に見合った仕事にアサインし続けます。上昇志向や競争心がある人にとっては歯がゆくてやる気が起こらない環境かもしれませんが、競争や変化が苦手、コミュニケーションが不得手で不器用な人にとっては、安定して穏やかに仕事をし続けることができる環境です。
たぶん他の会社に行っても評価されづらい社員ばかりですが、そういう社員たちが仕事をする場を生み出しているということでは、意義がある考え方かもしれないと思っていました。
ただ、これから先もそれで事業継続ができるのだろうかと、その当時は半信半疑の気持ちだったという記憶があります。
それからしばらく経って、同じような考え方を再び目にする機会がありました。京都にある1日100食限定の飲食店「佰食屋」の社長のインタビュー記事です。
「意欲的で意識が高い人材」は採用しないそうで、それは「今いる社員と合わないから」だそうです。
「売上増や多店舗展開は捨てている」と公言し、1種類のメニューで100食限定というやり方も、拘束時間や仕事量が増えて社員に負荷がかかることを避けたい目的があったと言います。働く人が対応できる規模の範囲で店を続けるという価値観です。
最近はコロナ禍で、4店舗のうちの2店舗を閉店せざるを得なくなるなど、厳しい状況にあったようですが、それでも様々な営業上の工夫をすることで生産性が上がり、黒字回復することができたとありました。無理な売上拡大をしてこなかったことで、早い回復が可能だったとのことです。
「新しいことを学ばない」「チャレンジしない」「上は目指さない」「現状に甘んじる」といってしまうと、いかにもやる気がないダメなことのように見えてしまいますが、考え方を変えれば別にみんなが上を目指す必要はなく、向上心は必須ではなく、できる仕事を確実にこなして、それが売上拡大や規模拡大につながらなくても構わないというのは、決しておかしなことではありません。
「社員の身の丈に合った雇用を作り出す」と考えれば、それは十分に素晴らしいことであり、そこでは成長至上主義である必要はありません。
成長しない日本という国全体が、どんどん貧乏になっていくような心配がある一方、それぞれの働き方には多様な考え方があって良く、ただ上を目指すことが必ず幸せにつながるとは限らないのもまた事実です。
あえて「上は目指さない」というやり方は、これからの働き方を考えていく上ではいろいろな示唆を含んでいるように思います。
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