2019年5月20日月曜日

「終身雇用」がいかにも「社員のため」のように言うことへの違和感


トヨタ自動車の豊田章男社長が、記者会見で「雇用を続ける企業へのインセンティブがもう少し出てこないと、終身雇用を守っていくのは難しい局面に入ってきた」と述べたことが話題になっています。「グローバルでの競争が激しくなる中で、企業は労働者に優しいとされる“日本的雇用”との向き合い方を模索せざるを得なくなっている」と解説されています。

その少し前に、経団連の中西宏明会長が、終身雇用について「制度疲労を起こしている。終身雇用を前提にすることが限界になっている」として、「雇用維持のために事業を残すべきではない」などと、経営者に対して新しいビジネスに注力するように訴えたといいます。

ビジネスのグローバル化と、労働市場の流動化が進んでいる中で、日本独特の「終身雇用制度」が時代遅れというのは確かにその通りです。社員は「ずっと会社に居られる訳ではない」という前提で考えなければならなくなっているのは間違いありません。

ただ、この発言をされたトップ企業のお二人をはじめ、終身雇用への疑問を述べる経営者に共通して感じるニュアンスに、「会社は社員のために、無理して終身雇用を守っている」という上から目線の印象があります。
そういう側面がないとは言いませんが、私はこの言い方に大いに違和感を持ちます。会社にとっても都合が良いから、「終身雇用」を維持してきたと思うからです。

「終身雇用制度」というのは、社員から見ると雇用の安定というメリットがありますが、その一方、「長く勤めれば先になって良いことがあるし、簡単にクビにしない代わりに、今の辛いことや不都合なことは我慢してください」という制度でもあります。
長く雇用が保証され、先になれば賃金が上がり、定年まで働けばそれなりの退職金も出ます。だから、若い頃の低賃金でのハードワークや、自分の意思に反した転勤や異動命令には、みんな黙って従います。それは将来の出世や昇給、さらに自分の生活の安定にもつながるからです。
新卒一括採用も、長い期間で自社の価値観に染めやすいことや、会社に都合が良い人材を育てやすいことが目的の一つです。

しかし、最近は大企業でも転職が当たり前になり、低賃金では人材採用が滞り、転勤や異動、昇進も、会社の一方的な都合ではやりにくくなっています。勤務地限定や専門職制度などが増えているのは、そんな会社と社員の関係性の変化が一つの要因ですが、会社にとっては今まで自分たちの裁量でできたことができなくなっている訳で、「会社にとってのインセンティブがない」などと言っているのは、そんな意味を含んでいるように思います。

これを終身雇用にどっぷり浸かった社員からの一方的な目で見れば、そもそも終身雇用は職業人生全体を通じた、会社と社員の長期的な貸し借りの関係ですから、それが入社の時に決められたことなら、最後まで維持されなければ約束違反です。
給与面などで、多くは初めに会社が社員に借りを作っているので、実は勤続の長い中高年社員の方が借りを返してもらう権利があるとも言えますが、どちらかというとその人たちはリストラ対象にされています。
会社は「借りは十分に返した」と考えているかもしれませんが、社員にとっては、今まで会社の言うことを聞いてきて、ようやく恩恵が享受できると思っていたら放り出されるのでは、卑怯と思う人もいるでしょう。

また、ほとんどの社員は、会社の命令に従ってキャリアを積んでいますから、それなりに社外価値がある人がいる一方、社外では潰しが利かないように使われてきた人もいます。
私は、社員が自分のキャリアを会社任せにするべきではないし、社会人人生を会社に依存して過ごしてきた社員にも責任はあると思いますが、会社が意図的にそうしてきた側面もあり、今さら「キャリアの自己責任」を会社がいうのは、少し違うと思います。

「終身雇用」が制度疲労なのは間違いなく、これから多くの仕組みが見直されていくでしょう。たぶん“解雇要件の緩和”などがおこなわれるでしょうが、それは会社側も、今までの「終身雇用制度」の恩恵を手放すということです。黙って会社の言うことを聞いてくれるような社員は、これからはどんどん減っていくでしょう。

社員への配慮だけで「終身雇用」が成り立っている訳ではないはずですが、経営者のコメントにその言及がないことに違和感を持ってしまいます。その認識で制度見直しがうまく進むのかが心配です。


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