2019年5月9日木曜日

「みんなで一緒に」はどんどん難しくなっている


10連休が終わり、仕事や日常生活は、またいつも通りに戻りました。
「やっぱり10日は長すぎる」という人、「休めないから関係ない」という人がいる一方、休みを満喫したという人もいます。「こんなことでもなければ長い休みは取れない」という人は、めったに帰れない田舎に帰れて、両親がとても喜んだという話も聞きました。
私自身は「とにかく何もせずに休もう」と決めていたので、有意義な時間だったかは何とも言えませんが、のんびりできたことは確かです。休んでいる実感が持てる休みは、やはり大事だと思います。

そんなやることがない中で持ったのは、こうやって日本中が一斉に「休む」とするのは、さすがにもう成り立たないという思いです。
日本は有休休暇の消化率が低く、代わりに祝祭日が多いので、休日の日数自体はそれなりにあるといいます。ただ、それでは休める人はいつも休めて、休めない人はいつも休めないという二極化、固定化が起こります。飲食、小売、レジャーほかサービス業で働く人は、祝祭日が増えるほど休めない日が増えていきます。
同じ会社内でも、製造部門は休めるが販売部門は休めないという話を聞きました。

時給で働く派遣社員、パート、アルバイトといった人たちは、有給付与日数が少ない人も多く、休みがそのまま収入減につながります。正直「あまり休みたくない」と言っていました。
休み中も仕事だが、保育園が休みになって子供の預け先がなくて困ったという親御さんもいました。

雇用条件や業種の特性、家庭の事情などの条件がとても多様になっていて、みんなで足並みをそろえることが難しくなっています。

また、休んだら休んだで、みんな一斉なのでどこへ行っても混んでいます。何でも時間がかかり、料金も高く、本来は静かな場所も落ち着けず、せっかくの楽しさも半減してしまいます。一斉に動くことが非効率を生んでいますが、もっと人出が平準化できれば、快適さが増してレジャー支出も増えて、経済としてももっと活性化すると思います。
いずれにしても「みんなで一緒に」は難しくなっています。

これは企業の組織運営の中でも同じことが言えます。
子育てや介護の問題で、「同じ時間に同じ場所に出社すること」が難しい人がいたり、「働ける時間」の限られた人がいたりします。
以前は、会社が決めた「みんなで一緒に」の条件に合わせられない人は、辞めていくしか選択肢はありませんでしたが、労働力が徐々に少なくなっていく現在、それでは立ち行かなくなることは目に見えています。対応する会社はずいぶん増えました。

また、会社で団体行動を象徴するように見られる「社員旅行」を復活させる会社が増えていますが、かつてのような一律の団体行動を強制することはなくなり、多くの自由時間を設けたり、アクティビティが選択できるなど、多様な価値観に合わせた楽しみ方ができるように配慮されています。

例えば「みんなが持つヒット商品」「みんなが見るテレビ番組」「みんなが読む書籍」といったものが少なくなっていることからもわかるように、人の持つ価値観や選択肢の多様化は、思った以上に進んでいます。
企業でも、「社員一丸」などといって、一律の団体行動にこだわっていると、社員が会社にコミットする度合いに大きな格差が生まれてしまいます。特に企業の人事施策において、これからは「多様化」「個別化」がキーワードになっています。より多くの社員が、肯定的にとらえられる施策が重要です。

日本の社会全体で、「みんなで一緒に」はどんどん難しくなっているように感じます。
ただし、それは決して悪いことではないと、私は思います。


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