2018年3月2日金曜日

「情報」があっても気づけない、使えないという話



知人に社会人大学で学んでいる人がおり、研究発表の内容にコメントを求められました。
なかなか詳細なデータがない、ニッチなテーマでの仮説検証で興味深いものでしたが、この人が言うには、これまで研究されていないテーマには二通りあって、「研究リソース(データや手法)がない」「その研究に意味がない」のどちらかだそうです。
研究を進めるうちに、初めはリソースがないと思っていたのに、実は自分が検証に使えるようなデータは有名な先生の間では出回っていて、「それでも研究しないということは・・・」と思ったそうです。テーマを絞り込んで新規性をアピールしようと考えていると言っていました。
情報があっても、あえて使わないということには、こんな形であるようです。

この「情報」ということに関して、特に企業の人事情報というのは機密性が高いものとされ、普通は会社側が一手に握っているものです。職務権限や必要性に応じて最小限で公開しますが、使わないですむなら使わない、使わせたくないという感じでしょうか。
ただ、その一方で、社員が個人的に抱えていることや思っていることというのは、これも一つの「情報」といえますが、こちらは報告義務とか何かしらの相談とか、特に理由がない限り、だいたい会社が一番最後に知るものです。

その中でも典型的なのは、「退職」に関する情報です。先に知って説得して思いとどまったような例はたまにありますが、ほとんどの場合はすでに決意して身の振り方も決めた後の、最後の最後に会社に伝わるという形です。
会社にとっては「突然辞めると言ってきた」ということになりますが、これが本当に突然なのかというと、それは絶対にそうではありません。必ず何か心の動きがあってから決意して、あまり公にせずに準備して、会社にはそれらが整ってから初めて「辞める」と言います。

そして、このほとんどの場合、心の動きから公にするまでの間に、その状況を知っている同僚や仲間の社員がいます。その知っているはずの社員が、自分から積極的に情報公開することはありません。そうなると、すでに社内に情報はあるはずなのに、会社はそれに気づけないということになります。

これは、会社がどんなに頑張ってもどうしようもないところはあります。「辞めよう」と考えている人からすれば、会社から引き留められたりいろいろ言われたりするのが嫌であれば、会社に伝えるのはすべての状況を固めてからにしようと思うのは当然でしょう。

ただ、現場のマネージャーの中には、こういうことをいち早く察知できる人がいます。本人や周囲の行動や態度、言動のわずかな変化から、早い段階で気づいてしまうようです。部下をよく観察していますし、雑談も含めて良く話し、勘も鋭いような人たちです。
やはりそれは、社内に情報が存在するからわかる訳で、それに気づく感性や視点を持っているからです。

こういうことができる人がいるという一方、それができないということは、厳しく言えば「情報があっても気づけない」「情報があっても使えない」ということになります。
見つけ出すのが難しいことでも、いろいろな見方をしていくと、そこから見えてくるものがあります。


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